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…吾朗ちゃんとどうしようか。
最近そればかり考えている。吾朗ちゃんとどう別れればいいのか。別れた後に佐川さんと一緒になったとして、それがばれた時、彼は佐川さんを危険な目に遭わせるかもしれない。

極道の人との交際は本当に頭を使う。複雑で絡み合った糸みたいに。一本だけと結びつきたいのに、それが出来ないことがある。…どうしたらいいんだろう。

〜♪〜♪

夕方、悩んでいた時に電話が鳴って、電話に出ると吾朗ちゃんだった。彼の元気で優しい声を聞くとお腹が重くなって、グッと胸が締め付けられる。

「元気か?全然連絡こんから心配しとったで?」
「ああ。ごめんね!ちょうど今連絡しようと思ってたの。」
「ホンマか?タイミングピッタリやな。」
「流石だね。思っていることが一緒なんだね。」
「…なら、会いたいって思っとったんか?」

少し照れたような声が聞こえる。…彼は本当に優しい愛をくれるし、たまに見た目と裏腹なかわいらしさと言うか、幼さを見せてくる。私はふっと笑って、そうだね、とだけ返すと彼が会いに来ると言って電話を切った。

受話器を置く時に感じたのは罪悪感と自分の狡さ、醜さ。どうしてこんな風に思っていることと違うことをしてしまうんだろう。私は最低だ。でも、…どうしたらいいんだろう。
吾朗ちゃんを傷つけないで卑怯な私から離すことが出来れば…。私なんて思ってるような女じゃないって…むしろ最低だ。もっとまともな女が彼の心を奪ってほしい。

― ピンポーン

チャイムが鳴ってドアを開けると吾朗ちゃんが立っていた。タキシードスーツで、凛とした顔は高級感あふれる場所で働いている人だと一目でわかる。

「ごろ、」

一声かけようとしたら彼はすぐにドアを閉めて私を抱きしめた。ぎゅっと、確かめるように。
いきなりのことに驚いてあっけにとられる。私はゆっくり背中に腕を回すと、彼は小さく息を吐いた。

「すまんのぉ。最近めんどうな客ばっかで気疲れしてもうた。こんなんで根を上げるなんて情けない男やけど、お前の顔見たら力がぬけてもうた。」

彼がこんな風に弱るなんて初めて見た。弱るというか、疲れがたまって仕方ないというような体の重さを感じる。私は彼の背中を撫でながら、自分と年齢がほとんど変わらないのに誰よりも過酷な環境で生きている彼を心から尊敬した。

…どうして、私なんだろう。こんなしっかりした人が何で私なんて選んでるんだろう。
私が死にそうなほど脆く生きていたから同情してくれたの?私は彼から与えられているばかりで何一つあげられていない気がするのに。

「吾朗ちゃんは強い人だから、たまにはこうして息抜きをしないといけないね。」
「お前の前でしかこんな情けない姿見せられへんわ。」
「ふふ、でも意外といるかもしれないよ?こんな姿を見たがっている女性がたくさん。」
「なんやそれ。」
「吾朗ちゃんはモテるよ。しっかり者で、頑張り屋で、優しい人だから。私よりももっと吾朗ちゃんにあった人がいると思う。」
「どあほ。俺が必要としているのはお前だけや。情けない姿さらしても変わらずに受け止めてくれるお前に救われとるんや。俺は…ちゃうで。」
「何が?」

体を少し離されてしっかり目を見つめられながら彼から言われた。その言葉に目を丸くする。

「お前を捨てたその男とはちゃう。どんな理由があるにせよ、俺は惚れた女はこの手で守り抜く。」
「!」
「お前のこと、幸せにしたる。」

ああ。やめてほしい。そんなに綺麗な言葉を向けないでほしい。
私は涙が出そうだった。それは悲しさと喜びと申し訳なさが混じった複雑な気持ちから。

こんな私を彼は抱きかかえると頭が追い付かない私をベッドの上に下した。私を安心させるように優しく話しかけながら、それでいて興奮したように私と肌を重ねた。

「すまん…、ほんま、お前に会いたかったんや。ずっと。…お前は何もせんでええから。」

彼に手を繋がれて、求められる。彼からの愛を感じる度に私はなんていえばいいのかわらかなかった。
ただ、彼は本当に私を愛してくれてるんだと分かり、その体を押しのけることはできなかった。

――

「頑張ってるねぇ、真島ちゃん。」

●のアパートから出てグランドで働いていると事務室に佐川が来た。俺はこの男の顔を見るだけで何やようない予感がするほど苦手で心の中でため息を吐く。…せっかく●から癒されたっちゅうのに、あんたのせいで台無しや。

「当たり前やろ。稼がなあかん。」
「…それは売り上げのため?それとも女のためか?」

佐川を横目で見る。佐川はいつものようにソファーに座りながら煙草を吸っているかと思えば、俺の隣に立って真剣な顔でこちらを見ていた。

「…●を養うんや。」
「へぇ、そうかよ。なら、幸せにしてやんな。」

さっきの空気はどこへ行ったのか、佐川は俺の肩を叩くといつものようにソファーに座って煙草を吸った。手拭きと灰皿を用意してやる。今日は何を言いに来たんやと警戒しながら見ていたが、何も言いださないでただ天井を見上げながら煙草を吸っていた。

「何なんや。あんたが何の用もなくて事務室に来るわけないやろ。何しに来たんや。」
「そう邪険にするなって。仕事一筋のお前が女作るとは思わなかったからよ。」
「何や、いちゃ悪いんか。」
「そう怒るなよ、真島ちゃん。俺はただ祝ってやってんだよ。お前は地位も金もあるのにノルマ達成するために女遊びもせず、わき目もふらずに働いてたろ?そんなお前が選んだ女だからよ、さぞいい女なんだろうな。」
「……。」
「それともなんだ?遊ぶにはちょうどいい女だったか?」
「あほ抜かせ!俺は本気や!」
「……へぇ。本気、なんだ?極道に戻りたがっているお前が女持ったら何かと面倒じゃないの?」
「…●は命にかえても守ったる。あいつは、昔の男のせいでひどい目にあったんや。俺はもう泣かせたくないんや。」
「どん底から救ってくれた男が真島ちゃんだったってわけか。…ふぅん…、まぁ、幸せにしてやれよ。」
「…はぁ。…で。佐川はんはホンマに何しに来たんや。俺の話聞きに来たわけやないやろ。」
「あぁ?俺はうまい酒とたばこを吸いに来ただけだ。…お前もちゃんとやってるみたいだしな。さて、邪魔したな。」
「…?」
「ああ。そんないい女、ほかの野郎に取られねぇように気をつけろよ?」
「あ?あたり前や。そないな男殴って分からせたる。」
「へぇ〜?」

佐川は煙草をもみ消して立ち上がるともう一度俺の肩を叩いて事務室を出て行った。妙な佐川を気にはなったが、気にしたところで意味もない。まぁ、ええわ。と気を取り直して今月の売り上げの計算を始めた。


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