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あれから、事のあらましを聞いた真島はまるで機械のように淡々と仕事をこなしていた。
好きだった女は過去に捨てた男とよりを戻した。その覚悟はあまりにも強く、佐川の提案とはいえこの世から自分の存在を消して佐川に軟禁される生き方を選んでいた。事故死したのは別の女で、死んでも世間や知人が騒ぎ立てないような…いわゆる裏で犯罪に加担している人間だった。

あれから、当然ながら●には会っていない。自分を裏切った女と言えばそれまでで、憎んで当然の女だが、今もこの時間、佐川と過ごしていると知ると腹の奥から嫉妬が沸き起こる。

(あの時は…佐川から捨てられて俺と一緒に過ごした●はホンマに俺を愛してくれとった。グランドが終わる遅い時間まで起きようとしとった。休みが重なった時のあの喜んだ笑顔も、照れながら手をつなぎたがった●は…嘘をついておらんかった。佐川と街で出会ってから一気やったな。そないに…好きっちゅうことか、あいつのことが。)

同じ思考と感情を往復して、結局そこから抜け出せない。
事務室に入るたびに勝者がソファーに座っていないか、ドアを開ける度に緊張と妬みが沸き起こることもあった。

(忘れてほしいなら、忘れたるわ。…なんて、簡単に言えんのは…生きていたことが嬉しかったからや。そないな女でも、俺にとっては特別な女やった。●が死んでどれだけ苦しかったか。)

真島はソファーに座ったまま、また囚われる。

(…もう会えんやろうか?…俺のことはもう、欠片もおもっとらんのやろか?)
「全く、しけた面しやがって。」
「居ったんか。」
「今来たところだよ。お前、ドアが開く音にも気づかず昔の女を想ってたのか。」

真島は拳を固めながら立ち上がった。何も話すことはないと佐川の横を通り過ぎようとすると、

「まぁ、待てよ。」
「……。」

佐川の背後で立ち止まり、背中を向けたまま言葉を待つ。

「外で一杯飲まねぇか?」
「は?●はどないするんや。」
「あいつは今俺が薦めた小説を読み漁るのに夢中でよ、相手してくれねぇんだよ。」
「元気なんか?」
「おう、元気だよ。まぁ、あいつのことも色々知りてぇだろ?行くぞ。ああ。外であいつの名前呼ぶなよ?」

真島は目の前を歩く男に嫉妬を膨らませながら、何とか怒りを鎮めてついていった。

――
真島と佐川は2人でおでん屋の椅子に座りながら、話をしていた。相変わらず、真島は最初の一杯限りで盛られたおでんにさえ手を付けない。佐川は酒を飲みながら小さく笑った。

「教えないほうがよかったか?あいつが生きてるって。」
「……。何で、わざわざ死んだことにしたんや?」
「あいつが恐れてんのは、お前が俺を消すことだ。俺とよりを戻したらお前が足引っ張って俺を消しに来るのを一番不安に思ってたんだよ。だから、死んだことにして、お前のことは気にせず裏で俺とよりを戻すことにした。…といっても、俺としてもあいつを独占するためにしたことなんだけどな?」
「あんた、過去にあいつを捨てておいてようそんなことできたな。」
「俺だって捨てたくなかったさ。でも、本気で惚れた女を危険な目にあわせたくねぇ。敵が多い俺といることはあいつにとって相当なリスクだ。」
「でも、よりを戻したやないか。」
「再会した時のあいつの目が忘れられなくてよ。お前に知られずにあいつとあった時、まだこんな俺でもあいつから愛されてるって気づいたら2回も手放せなくなった。まぁ、少しでも狙われるリスクを減らすためにも、2回目からはあいつに死んでもらうことにしたよ。」
「…あんたの執着は飽きれもんや。」
「それ、人のこと言えんの?」

佐川に問われた真島は言い返す言葉がなく、そっと顔を逸らした。

「まぁ、お互いとんだ女を好きになったもんだよな。しかし、お前と同じ女の好みだとは思わなかったぜ。」
「……。」
「あいつってさ、寂しがりで俺が出ていく時必ず近づいて抱き着いてくるんだよ。どんなに遅くに帰ってきてもドアが開けば目を覚まして出迎えに来る。料理もうめぇし、話も尽きねぇ。怒り方も怒り切れねぇって言うか、そこんところも不器用で可愛いんだよなぁ。」
「………。」
「なぁ、嫉妬してるんだろ?」
「………。」
「俺とあいつが再会しなかったら、お前が味わえた幸せだったかもしれねぇもんな。だって、お前グランドで稼いでるとき言ってたじゃねぇか。あいつを養わないといけないってよ。結婚する気だったんだろ?」
「………。」

隣にいる真島の怒りは何度爆発しかけたか分からないが、それを知っていてもなお佐川は執拗に言葉を重ねた。何かを待っているように。

「…あいつを泣かせたら承知せんぞ。佐川。」

真島からドスの効いた声が出る。
それを聞いた佐川はむしろ安心し、口角を上げながら真島に言った。

「お前、2番でもいいか?」
「はぁ?」
「本当はお前のこと殺してやりたいくらい俺も憎いんだけどよ、お前のそのドロドロした嫉妬と執着心はいい武器だ。お前はまだあいつに惚れている。きっとこれからもな。いつか時間が経って他の女を見つけても、一たびその姿を見りゃあっという間に昔の想いを取り戻す。お前とあいつは似てるんだよ。」
「さっきから何が言いたいんや。」
「お前に、半分はくれてやるよ。あいつをな。」
「…どういう、ことや。」
「だから、お前にも会わせてやるってこと。あいつは俺にベタ惚れだけど、お前のことを気にかけている。お前の幸せを本気で願ってる。…でよ、まぁ少しくらいならあいつとの時間を分けてやってもいい。その方が俺も売り上げを気にしなくていいし、お前もあいつを守ろうと死ぬ気で立ち回るだろ?俺の敵は多いんだ。つまり、あいつが万が一生きていることがばれて、俺とも通じてるとしたらあいつがいつ狙われてもおかしくないだろ?お前は用心棒ってことだ。」
「あいつに会えるんか?また…、ええんか?」
「な?いい話だろ。ただし、お前、妙な真似はすんなよ。仮にあいつを外に連れ出せば、」
「わかっとる。あいつはもう死んだ人間や。外に出して素性バレたら、今度こそあいつの居場所はなくなる。警察も、あんたの敵からも狙われる。」
「そうだ。それに、もし俺の目を盗んで変な気を起こしたら、…俺がお前を殺してやるよ。あいつが泣こうがわめこうがな。…お前はな、2番なんだよ。2番。…わかった?」

言葉自体は柔らかいが、真島に身を寄せて鋭い目で威圧を込める佐川は警告をしていた。裏切ればどうなるかと。ただ、真島は動じなかった。ここに来て巡ってきたチャンスに興奮し、恐怖を感じることが出来ない。


「あいつに会えるんなら、何番だってええわ。」



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