大人のバレンタイン、七海


チョコの匂いが香る日。
恋心をチョコレートに乗せて告白をする日だが、それに便乗しない者たちもいる。大体は大人だった。
七海と●もそちら側。あげるでも貰うでもなかった。

●は仕事を終えると気に入りのバーへ向かった。窓側のカウンター席に座り、店から流れるジャズを聴きながら一杯頼んで夜景を見ていた。
暫くすると仕事帰りの七海が店に入ってきた。

七海は躊躇いもなく●の隣に腰を下ろす。●は夜景から目を逸らさずに「お疲れ様」と挨拶をした。
ウイスキーを頼んだ七海はグラスを受け取ると●のグラスと軽く合わせて乾杯する。

彼らは特に会う約束をしていなかった。ただ、七海は何となく●がこのバーに今日もいると思った。●も何となく七海が来ると思っていた。

「生チョコがあるんだって。」
「おや、そうですか。初めて知りました。」
「一緒に食べる?」
「良いですね。」

2人とも甘いものが大好きなわけではない。でも、嫌いでもない。だから、今日みたいなきっかけがあれば食べたいと思う。

2人の間に出された一口サイズの生チョコ。2人分のフォークが添えられてあって互いに一つ口にする。

「おいしいな。生チョコ、チョコレートの中で一番好きかも。」

しっとりとした感触を味わった●はもう一つ、とフォークをチョコレートに近づけるとすでに目の前にチョコレートが差し出されていた。

「どうぞ。」

七海が生チョコを彼女の口元に差し出している。甘さに釣られて口を開け、味わい、おいしい、とつぶやく。そんな彼女を頬杖をつきながら見つめた七海は落ち着いた口調で言う。

「今日はバレンタインデーですよ、●さん。」

挑発じみた言い方。煽りが効いた彼の一言に●はふっと笑って自分もチョコレートを彼の口元に運んだ。当たり前のようにそれを口にして満足そうに口角を上げる彼は大きな手に顔を乗せたまま彼女を見つめる。ウイスキーとチョコレートを味わったせいでとろりと緩んだ表情の彼は仕事では決して見せない親しみや緩みを感じさせる。

「最後の一個、どっち食べる?」
「貴女がどうぞ。代わりにホワイトデーに一つ、お返しをください。」
「欲張りだね。」
「ええ。」

●はチョコレートをフォークに刺して食べようか迷う。そして、考えを変えて彼の足に足を絡ませて引き寄せる。ん?と目を大きくして驚いた彼は差し出されたチョコレートに目を点にする。

「これあげるからホワイトデーに何か頂戴。」
「ホワイトデーはバレンタインデーの3倍返し…それが目的ですか?別に良いですよ。貴女が驚くようなお返しをしてあげますよ。」

七海からもらえるホワイトデーは一体なんだろうか。彼が●に顔を近づけてチョコレートを口にし、口内で溶かしている間の2人の距離は近く、今にもキスをしそうな距離だった。


end


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