偽装結婚準備、七海


「貴女には私と偽装結婚をしてもらいます。」

休憩中、カップラーメン食べていた私はブッと麺を吹き出す。

「貴女が適任と判断しました。年齢も能力も、まぁあとは色々です。さて、設定を詰めましょう。」
「せ、設定?(今年齢と能力しか答えられてなかったけど?)」
「はい。どう知り合ったのか、お互いどこに惹かれたのか、どちらが先に告白をし、何年付き合ったのか、初デートはどこか、どこでプロポーズを受け、新婚旅行はどこへ行ったのか、子供はどうするか、などなどです。」
「??」
「一見面倒なことですが、詳細に設定をすることで話にリアリティが生まれてお互いを結婚相手だと自覚し、周りも騙せる。」

ホワイトボードを押してきてペンを取る。いろいろ書き込む気満々だ。

「ええーと…まぁ、そんなの高専で知り合って息投合で成り行きで付き合って結婚でいいじゃないですか。」
「"そんなの"とは何ですか!」
「!?」
「良いですか?生涯つれそう大事な相手との出会いですよ?"そんなの"で片付けてはいけません。それに、"なりゆき"とはなんですか!死が2人を分つまで、相手の全てを託されるのに"なりゆき"で結婚を考えるなど不誠実にも程がある!!」
「ひぃ…すみません!」
「…ですが、高専で知り合ったという設定は我々にとって自然な流れで良いと思います。問題は何故惹かれあったのか。」
「え…。顔?」
「顔…。外見、容姿。最初は美しく見えとも年齢と共に肌はハリを失い、シワが増え、シミが増え、抜け毛が増える。自慢の髪も失い、頰はたるむ。年々若さを失っていくというのに、たった顔で判断するとは。」

ゴゴゴ…と怪しい黒いオーラを放つ七海さん、キレる気寸前だ。

「いやいやいや!本心から言ってませんよ??ただ、お互いの容姿に惹かれて声をかけてみたら気があって〜的な流れでも良いのかなと!?」
「…ふむ。話すきっかけということですか。ならば許容します。さて、気があったとのことですが、貴女は私のどこが好きですか?」
「え。」
「………。」
「……。」
「……。」

圧がすごい。いや、そんなこと言われてもさ!?今昼休みなのに何でこんなテストされなきゃいけないの?ラーメン伸びるのに啜れる雰囲気じゃないほどの圧。

「ま、真面目なところ?」」
「なるほど。まぁ良いでしょう。よくある答えかと。」
「ほっ…。」
「私が貴女に惚れるとすると…そうですね。」

顎に手を当てて長く考える。

「……。」
「……。」
「……。」
「いや、ないんですか!!」

べしっと机を叩くと、

「いえ、違います。たくさんあるのでまとめているところです。」

と真面目に言い返される。そして、親しみやすいとか優しいとか仲間思いだとか機転が効くとか明るいと言われた。

「要約すると以上です。」
「あ、ありがとうございます…。じゃあ、あれですね。そっちから告白してオッケーしたってことでいいですね!」
「……。」
「(何故ムッとする…私から告白されたいのか…)だっていいところたくさん言ってくれたのそっちだし!」
「まぁ良いでしょう。」
(妥協)
「ですが、プロポーズは貴女からの逆プロポーズでいいですか?」
「なんでよっ〜!あんまり女からって聞かないんじゃない?いや、もちろん、する人はするけど、明らかにそっちがこっちにベタ惚れじゃないの!設定的に!」
「地味でクソ真面目で何の面白みもない仕事人間の私に興味が湧かなかったものの、だんだん私の良さに気づき、気づいたら貴女の方が私にハマったという展開も良いでしょう。」
(真面目しか褒めなかったこと絶対根に持ってるよ、この人!)
「そして、私が貴女の一生懸命なプロポーズを受け入れ、ご両親からも承諾をいただき結婚に至ると。だいたい出来てきましたね。」

忘れないようにとホワイトボードに書き連ねる七海さん。私の名前から七海さんに矢印引いてハートマークつけるのやめてほしいなぁ。恥ずかしい!逆にしろ!

「新婚旅行はマレーシアにしましょうか。そこで最高の思い出をつくった後、仕事をしつつ愛を育む。それで、子どもはどうします?欲しいですか?」
「いや、仕事頑張りたいからそういうことなんて全く考えてないよ…。」
「そうですか。今は仕事優先ということにしておきましょう。」
「……。」
「私の夢ですが、金が貯まったらマレーシアに家を建ててのんびり過ごそうと思うので貴女もそのつもりで。」
「老後の話はいいから!偽装なんだからそこまでいいってば。」
「いえ!夫婦の夢は互いに共有してある程度認識しておくものです!そんなことを夫が言っていたと言える妻になってください。その方が夫婦が夢を語らい、最後まで共に在るという強い絆を育んでいると思われるでしょう!」
「(圧がものすごい)はい。」
「さて、もっと身近な話も詰めましょう。料理は私の趣味ですし私がします。なので、貴女は洗濯を頼みます。掃除は気づいたらやるか、日がわりで担当するのもいいですね。どちらかに全てを任せては負担ですし、夫婦間の不和につながります。互いが支えあってこそ夫婦でしょうし。」
「(こういうところは平等でいいよね)それは賛成。」
「…と、もう休憩が終わりですか。まだ設定を詰めなけれならないのですが、次の仕事があります。とりあえず、この書類にサインをしてください。」
「あ、はい。」
「ここに名前を。」
「はい、…はいっと。」
「では、よろしくお願いしますよ。」

彼はホワイトボードの内容をスマホで撮り、ホワイトボードを消して綺麗にすると私から書類を取って出ていく。

嵐のような休みだった。ラーメンもすごい伸びてカップから出てるし…。…って、さっきの書類なんだったんだろ?確か…上に書いてあった文字は…


ー 婚姻届


……。
あれ。
偽装結婚ってそこまでするんだっけ?


end

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