読書好きの娘


「よぉ!あんたか。こんな天気のいい日にまた読み物か?」

曲がり角を曲がって広い道に出たら張りのある声がする。声の主は高杉さんだ。両脇に若い女性が2人いる。彼は私を見ると彼女らの肩を抱きしめた。まるで見せつけるみたいに。
私は胸の前で抱えていた書物をギュッと抱きしめて悔しさに耐える。

「そ、そうです。」

それだけ言って背を向けて家に帰る。

私は高杉さんが嫌い。
彼はよく遊廓に遊びにいってるようだし、町娘を取っ替え引っ替えして遊んでる。そんな遊び男嫌い。

それに最初は気にしてなかったけど、わざわざ私と出会うたびに馬鹿にしたみたいに声をかけてくるからますます嫌いになった。

ー こんなにいい天気なんだ。たまには外で遊べよ。勿体無いだろ。
ー なんだ、また読み物か。…本の虫ってあんたのことを言うんだろうな。
ー あんたはもっといい着物着てもいいんじゃないか?俺が買ってやるよ。

いちいちいちいち、指摘するんだもの。

私が好きなのは静かな場所と尊敬する人たちが書き連ねた書物。人気のない場所で座って読んだり、家にこもって文字を目で追うことが好き。
それなのに「また」とか「もったいない」とか、彼は思ったことを遠慮なく言って私と趣味を傷つける。彼に対してムッとした顔を見せると彼は楽しそうに笑うから本当に性格が悪い人だ。

私だってあの人に言ってやりたい。「また女と遊んでるんですか」って。
私は大事なものは最後まで大事にする。子供の時から読んでいる本は決して捨てない。
なのに彼は女(人間)を捨てる。…ほんと大嫌い。


ーーー

「はぁー。どうしたもんかねぇ。」

ここ最近女と遊んで賭博で儲けた金を全て使い果たした。本当に貢ぎたい相手には一銭も出していないっていうのに。

高杉が片想いをしている女は●だった。
彼女の趣味は地味だし着物も地味だ。着物に金をかけるくらいなら書物にかけるため着飾ることがない。だが、顔はいい。笑えば可愛い。だから、いつも勿体無いと思っていた。
ただ、そんな●に惚れたはいいが、賭博が好きで遊廓通いをする高杉を彼女が嫌悪しているのは明らかだった。

高杉も高杉でそんな態度を改めるほど素直ではなく、むしろ金も女も尽きない自分に嫉妬してほしいし、女と仲良くしている自分を見て悔しがる●の顔が見たかった。

だが、結果的にもっと嫌われただけであった。
当然ではあるが、高杉はどうしても●から嫉妬されたかった。

何故って自分が常に嫉妬しているから。知的な男たちの輪に入って対等に語れる●を見れば周りの男に苛立った。そして、何より書物に嫉妬した。
彼女の視線、注意、時間を奪ってやまない紙束の山が最も気に食わない。

外で●の家を見張って分かったが、一冊本を買えば7日は家に篭れる女だった。家から出たと思えば本屋に直行してすぐに家に直行する。これでは何も話せない。たかだか本のせいで。男よりも本など…。

「はぁー。」

木の下に座り込んでため息をつく。肩越しに●の家を見るが彼女は出てこない。声をかけに行ってもいいが、俺が訪ねてもいい顔をするはずがない。

すぐそこにいるのに話しかけられないなんて。

ー ポッ、ポツ…ポツポツ、

悩んでいた高杉の頭に雨がかかる。
急に曇り空になって降り出すものだから高杉は慌てる。しかし、これを好機と見て●の家に走った。

いくら嫌われていても雨の中で困っている男を追い出しはしない。まぁ、傘をかして戸を閉めるかもしれないが、かしてもらえるだけまぁいい。



案の定、家に転がり込んだ高杉をみた●は非常に驚いた顔をした。


ーーーー

「…どうぞ。」
「ああ、悪いな。」

ザアアアと振り始める雨。高杉としては幸運。●としては気まずい。●は遠慮がちに高杉に布を渡し、少し距離を置いて座る。高杉は髪を布で拭きながらあぐらをかいた。

「また読んでたのか?好きだねぇ。」
「高杉さんは本を読まないんですか?」
「あんたから勧められたら読むさ。何かいい本あるか?」
「え…。ええっと…。いや…。」
「あるだろ?あんなに本を買うんだから。一冊かしてくれよ。あんたの気に入りの話を一つ。」

●は少し迷ってから後ろの棚に向かい、敷き詰められた本に目をやって真面目に悩む。そんな●が可愛いと思った高杉はそろそろと隣に近き、●が買い集めた本を見つめる。

「怖い本読めます?」
「へぇ。怪談か。こんなの読むのか。夜眠れなくなったら●に相手をしてもらうとするか。」
「!?…さ、最低です!ほんとに!」
「え?…あ、いや、別にからかったわけじゃ…。」
「女をなんだと思ってるんですかっ、いつもいつも、取っ替え引っ替えして!物じゃないのに!」

●は相当怒っている。高杉は自分が嫉妬されたくてしていたことなだけに反論できず、●のお叱りに頭をかきながら俯く。

「ああ、あんたの言うことはごもっともだ。だが、あんたのせいだ。」
「わ、私の…?今度は責任転嫁ですかっ?」
「いや。俺はあんたに嫉妬してほしかったんだ。」
「…はぁー、急に何を…。」
「これは本当だ。あんたの気を少しでも引けたらって思ってな。だが、結局あんたから徹底的に嫌われるはめになって失敗だった。」
「……。」
「あんな女たちに貢ぐくらいなら最初からあんたに貢げばよかった。あんたが好きな本でも買ってやれるのに。…昨日はだいぶ迷っていただろ?一冊の本を買うためにひどく悩んでいた。」
「え、なんで知ってるの?あなたは女と遊んでたのに。」
「本屋の近くに女が喜びそうな店があってね。簪やら化粧やら選ばせておいて俺は本屋を眺めてたってことだ。」
「………。本当に?」
「そうだ。実際のところ、あんたが本屋に向かったら俺は先回りして町に行き、適当な娘を誘って店で物を選ばせていた。俺はあんたを見ていられるからな。その後、あんたが本屋から出たら一言かける。女から好かれる良い男として見られる。…で、あんたと別れた後は女たちに"用事を思い出した"といって解散だ。」
「でも、遊廓に入り浸りって言ってたよね?」
「あんたに出会うまではな。…ま、遊郭といっても俺が買うのは女よりも情報だ。遊郭はそう言う場所でもあるんだよ。」
「………。ふぅん?」
「ふぅん?って…ははっ!あんた本当に面白い女だな。こんなに俺が真剣に手の内を明かしてるのに。くくっ。」
「わ、笑いすぎだよ…。とりあえず、これおすすめっ。……って!それ私の手!こっちをかしてるの!」

高杉の本音を聞いて微かに顔を赤らめている●は照れ隠しのために本を押し付けたが高杉が握ったのは彼女の手首だった。

「あんたが好きだ。最初から素直に言えばよかった。」
「!」
「名誉挽回させてくれ。俺はもう他の女に金なんて使わない。一銭も。…全部あんたに貢ぐ。」

腰を抱き寄せられた●は高杉に包み込まれる。ぽろっと本を畳の上に落としてしまうが、今の彼女は本の心配をする余裕はない。

「……金なんて別にいらない…。本当に私が好きなら、一緒に本を読みたい…。」
「ああ、お安い御用だ。こんなに本があるんだ。泊まり込みで読むさ。」
「…っ。か、かすよ?」
「あんたの隣で読む。ああ、あんたの膝枕を堪能しながらでもいいな。」

顔を赤くする●を見つめながら高杉は小さく笑う。

いつだったか、嫉妬から本を燃やしたくなったが、今は●の家に寄る理由になってよかった。

●を抱きしめながら、文字を読みながらも●の横顔を盗み見する自分を想像して今から楽しみになった。







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