看病


高杉さんは女にモテる。まぁ、顔を見ればそうだなと思う。声もいいし、三味線を弾くのも風流だし、強いし、彼が町を歩けば数人の女が振り向いて彼との恋愛を夢を見るだろう。
私もその1人だった。彼は私の憧れの人。好きすぎてとても直視できないから、通り過ぎた後にそっと振り向いて彼の背中を見つめるのが精一杯だった。

そんな人から今、とても親身に看病されている。
なので、健康なはずの心臓がもちそうになくて一層辛かった。

「もう大丈夫ですので…放っておいてください…移ると大変なので…、ゲホゲホ!」
「医者に言わせれば過労そうだ。特に移るものでもないだろうから心配するな。」

微熱が出たのでおでこに濡れた布を当てられる。そんなことをされたって憧れの高杉さんに見下ろされたら熱が上がるだけ。
私の気持ちに気づいてない彼はあぐらをかいて自分の膝に肘を立てて頬杖をつきながら私をじっと見ていた。
うう…汗ばんだひどい顔をこれ以上見せたくないよ。

「あんたの顔をゆっくり見たいと思っていたから丁度いい。あんたはなかなか立ち止まってくれないからな。」
(だって高杉さんを前にすると緊張するから…。)
「そうだ。あんたが治ったら町に行かないか?あんたが好きなもんでも食いに行こう。」
「はい…ぜひ。…ぅん?」

彼が手を伸ばして布団の中に手を入れる。何かを探すように手をゴソゴソと動かし、私の手を探り出すと小指同士を絡めて緩く振る。

「指切りだ。嘘ついたら針千本だぞ?」

…嬉しい。そして、少し子どもっぽくて可愛い仕草をする彼に落ちる。
小首を傾げながら私と町に行く約束をさせるとか…こういうことをサラッとするから彼は多くの女の恋愛対象になる。ズルいけど実際にされるとすごく嬉しくてにやけそうになる。

「高杉さん、私寝ます…。ほんとに大丈夫だから気にしないで下さいね。」
「俺のことを気にせず寝ろ。」

彼と小指が絡み合ったまま眠りにつく。
目が覚めたら彼はいないだろう。でも私はこの瞬間を何度も思い出して幸せに浸れる自信があった。…きっと良い夢が見れる。


ーーー


(…んん…、あれ…?今何時だろ)

どれだけ寝たかわからないけど、目が覚めたら朝方だった。外から雀の鳴き声が聞こえる。幾分楽になった体で寝返りをうとうとすると手に何かが触れているのがわかる。体の動きを止めてそちらに顔を向けると何と高杉さんが隣で寝息を立てていた。

(え。夢?)

私の布団の隣で添い寝するように寝ている彼。冷たくて硬い畳の上なのに彼は気にせずそこで自分の腕を枕にして眠っていた。
それに私たちの小指はいまだに繋がっていた。ゴツゴツした長い指が私の小指に絡みついて離れそうにない。

(わ、わ、すごいかっこいい顔…)

この素晴らしい時間を堪能したかったけど、私の咳が台無しにした。

「ゲホゲホ!!」
「ん…っ?おい、大丈夫か…?」
「は、はいっ、ゲホゲホっ…はい。」
「水を持ってくる。待っていろ。」

起こしてしまった。少し寝ぼけ眼の彼が慌てて起きて水を汲みに行く。この距離感を堪能したかったのですごく残念だった。指も離れちゃった。

「水を持ってきた。起きられるか?」
「は、はい。いてて…。」

彼が背中に手を添えて起きるのを手伝ってくれる。ピッタリと体が重なるのですごく恥ずかしい。彼の心配顔を横に水を飲んで落ち着いた。

「喉が乾燥してむせただけみたいです。体もすごく楽なので治ったみたいです。」
「胸が痛かったり、体が動かないことはないか?」
「え?はい。全く!ずっと寝たままだったから体が痛いですけど、すごく楽です。」
「そうかい…なら安心だ。」

高杉さんは安心したように息を吐き、あぐらをかいた。
彼の看病は手厚くてとても嬉しいけど、咳をすれば青ざめたり、緊張感を放っていたから気になった。

「そんなに心配でしたか?」
「ああ。医者は過労だと言ったが、俺は実は労咳ではないかと心配していたんだ。」
「労咳…。」
「暫く前に俺はそれにかかってな。血を吐くし満足に体が動かず死ぬ思いをした。薬を飲んだところで一向に治らんから心まで弱ったものだ。」
「そんなに重い病だと思ったから隣にいてくれたんですね?」
「まぁな。幸い今は薬があるから仮に労咳だとしても治せるとはわかっているが、あんたに同じ苦しみを味あわせたくなかった。…まぁ、本当に治ったみたいだし、これで一安心だな。」

肩の荷が降りた高杉さんは布団の横で大の字になって目を閉じた。彼は彼で看病疲れをしたみたい。

「高杉さんは優しいんですね。一晩中みてくれて…うれしかったです。」
「誰にでもじゃないさ。あんただからだ。」
「私だから?」
「ああ。俺はあんたを気に入っている。あんたと町に行きたいし美味い飯を食わせてやりたい。一緒に過ごしてみたいと思っていた女が寝込んだら心配するに決まっている。」
「!?…ほ、ほんとうに?私、本気にしますよ?」
「おいおい、こんな時に嘘を言ってどうする?」

ガバっと起き上がる高杉さんは私の方へ体を寄せて近づいてくる。

「本当にどうでも良い女ならこんな風に看病はしないし、指を絡めたまま眠ることもないだろ?…なぁ、あんたさえ良ければ俺の女になってくれ。」
「!…私で良ければぜひ…っ。」
「よかった。これでやっとあんたを独り占めできる。これからは挨拶して終わりなどという寂しい気持ちを味あわなくて済むな。」
「え、もしかして寂しかったんですか?」
「ああ。あんたは俺に目もくれずに通り過ぎちまうからな。」
「それは緊張して話しかけられないだけです。」
「え?なんだって?…まさか、気のないふりを?」
「…気のないふりどころではないです。気があるから緊張して離れてたんで…っんぶ!?」

言い終わらないうちに彼に飛びつかれて抱きしめられ、言葉が閉ざされた。

「何だよそりゃあ…。はぁ〜、あんたは本当に可愛い女だな。だが、もう俺に冷たくするのはなしだ。いいな?恋仲なんだから」
「は、はい…!」

愛でるように私の頭を撫で、頬を片手で包んで優しくたたき、肩を抱く彼は機嫌良さそうに口元を緩めていた。

「あの、もっとこうしていたいんですが、私汗かいているし…ちょっとお湯を浴びたいです…。」
「ああ、わかった。俺が湯を焚いてくる。2人で入るとするか。」

私の焦った顔を面白がる彼は颯爽と部屋を出ていく。
とても明るいこの時間に体を流し合うなんて…!高杉さんって意外と意地悪なんじゃないか?


「また熱が上がるに決まってる。」




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