いつでも歓迎




恋愛にはいろんな種類があるんだと、頭でわかっていたけれど、生でそれを知ると新鮮と同時に驚きに襲われた。他人の性事情はふつう首を突っ込まないのだけれど、たまたまその現場に居合わせてしまったら、…どうしたらいいの。

理事長室の前を通りかかったら、如何わしい声が漏れていた。しかも男同士の声としか思えないもので足が止まる。別に私にそっちの趣味があるわけじゃない。興味があって立ち止まったわけじゃなく、動揺から動けなくなった。

そんなことをしていたら、彼らの情事が終わったらしい。部屋のドアに足音が迫ってくる。慌てて廊下を駆けるも遅い。この道はまっすぐだし、物陰もない。心の中で泣きながら、背中に注がれる視線を無視して逃げ去り、階段を駆け下りた。

…あれは、小山内と理事長の声。…そうか。そういう関係らしい。でも、よくこんな職場でやるもんだ。まぁ、もう夜九時なのだけれど。
女子トイレに入って落ち着きを取り戻し、冷や汗を拭いてからトイレから出ると廊下に小山内が待っていた。

「顔色が悪いですね。具合でも悪いんですか?」

すっと鋭い目を向けてくる小山内に何も言葉が出ない。もう隠しきれずに目だけで訴えると、小山内が先に言葉をつづけた。

「別に怒ってはいませんよ。君が黙っていてくれれば。」
「言いませんよ!それに、聞きたくて聞いてたわけじゃなくて、たまたまですから!事故です!」
「落ち着いてください。分かっていますから。ただ、僕らにも世間体がありますから。」

念押しをされて誰にも言わないことを誓った私はその日を境に小山内に監視をされている気分になった。私としては誰にも口外する気はない。それを何度も言っているのに、念のため、理事長の命令です、と押し切られる。小山内は私をマークするように傍にいて、周りの人間と何を話しているのかを気にしていた。
信じてもらうまで付きまとわられる気がする。事故なのに…と疲れを感じていると、小山内も少しは同情したらしい。誰もいない時に私にコーヒーを奢りながら話してくれた。

「僕は理事長の命令でやってるんです。僕はもう君のことを信じていますよ。」
「それなら嬉しいです。」

ベンチにやや距離を置いて座る私たち。屋上から星空を見上げながらおかしな話をしていた。

「君は恋人はいないんですか?」
「私はいないです。仕事ばかりですから。」
「君ならモテそうなのに。…仕事もできるし、美人だし。なんて言ったらセクハラになってしまうんだろうけど。」

カチッと缶コーヒーを開けながら二人でぽつぽつ話し出す。
こうして仕事以外の他愛のない話をして時間を過ごすのは久しぶりだった。私たちはお互い仕事の話しかしなかったから。

「こんなこと言うのも迷惑かもしれないけれど、僕は理事長と関係が出来る前から君のことを気にしていたよ。君は僕のことなんて気にも留めていなかったけど」
「え?私は女なのに?」
「僕は相手の性別は気にしないんだ。素敵だと思えば性別も年も気にならない。」
「……。」
「それに、人数もね。」
「え!?」

小山内は口角をゆるく上げるとゴクリと喉ぼとけを上下に揺らしながらコーヒーを飲む。私の目から目を逸らさないで私の反応を見ている小山内が何を企んでいるのかは分かる。

「だ、だめ…理事長の恋人なんだから、…!」
「いつでも歓迎するよ。君なら」

立ち退こうとしたら手を握られて強い誘いを受ける。男の目の彼は、女に飢えているのかもしれない。ぞわっとする野性的な魅力に一瞬目を奪われたけれど、私はその手を振り切った。

「だめだめ。」

自分に言い聞かせる声はひどく頼りなく、もろく思える。
明日からまた職場で顔を合わせる小山内に対して不安と卑しい迷いしかなかった。


End
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