特効薬…高杉


労咳が治ったのはいいが、弱っていた体が今度は風邪を引いた。三途の川を渡りかけて戻ってきたと思えば寒気がして気力がわからない。頭の中では果たしたいことが山積みなのでこんなところで止まっているなど不本意だ。しかし、体がついてこないのなら仕方がない。

看病してくれたお龍さんには迷惑をかけて申し訳ないが病人は大人しく寝て粥を食べることしかできない。

床に伏して3日目。寝ていた時、廊下で気配がしたので目を覚ます。薬の時間かと思って間もなく開くであろう障子を見つめると、

「高杉さんに特効薬をお持ちしました。」

ひょうきんな声が障子越しに聞こえる。その声を聞いた途端、驚きの後に明るい気分になった。久しぶりに笑顔を浮かべて笑おうとしたらうまく笑えずにむせてしまった。

「お加減いかがです?好調ですか?」
「見ての通りだ。」

障子が開き、久しぶりに見る●が現れる。●は明るく楽しい女だ。●がいると何故か気が楽になり、苛立ったり暗い気分でも能天気な気持ちになる。ある意味芸者肌だろう。●は敢えて不真面目さを取り入れ、暗さを軽くする不思議な力があった。

「久しぶりだな、●。」
「誰かさんが部屋から出てこないから退屈でした。これ、薬です。あとお水もどうぞ。」
「ああ…すまんな。」

●の前で弱々しいところを見せたくはないが、寝たきりで体力や筋力が落ちた体は動きが鈍い。
●が与える薬を飲んであぐらをかく。●は俺の前髪をゆっくり右にすいて髪を整えた。

「悪いな、こんな格好で。」
「病み上がりの男は色気があって好きですよ。今とても私好みです。」
「ほぉ。あんたから褒められるとは。」

●の冗談に合わせて笑う。しばらく他愛のない話をして病気の自分を忘れられた。
一方で、俺が出られない外の動きを聞いて焦ったり、自分の情けなさに拳を固めたが、●から背中を撫でられると無駄に力を込めても何もならんことを認める。

「焦らないで、高杉さん。美味しいとこどりをするように最後の最後に出られればいいんですよ。」

●の軽々しい言い方に救われる。軽率な口調ではなく、俺を励ましたり慰めるための言葉だとしっかりわかっているから。

「その為にも治さねばな。…あんたが添い寝をしてくれればすぐに治りそうなんだがな。」
「添い寝を?それだけで治るのならしますよ?」

面食らった。冗談半分本気半分で言ったのだから●がその気なら本気で頼もうか揺らぐ。
と、悩んでいると●が上着を脱いで布団の上に乗ってきた。

「な、本気か?」
「…弱っている高杉さんを見たら母性がくすぐられ、なんでもしたい気分なんです。…ねぇ、どうします?」

据え膳食わぬは男の恥。してもらうに決まっている。

「寒気もするし、あんたに温めてもらおうか。だが、今の俺は本当に添い寝をすることしかできない。」
「体力がないから?」
「言うな。自分が情けなくなる。…治った暁は名誉挽回させてもらおう。」

お互い小さく笑うと布団に入り、抱きしめ合う。●の体はあたたかく、病気の心細さが慰められる。
いっときは本当に死ぬと思っていた。その時に果たせないことばかりで虚しさを感じた。同時に寂しさも。自分には隣にいてくれる人がいないのだと。看取ってもらえずにたった1人でこの世を去るのは思う以上に辛く、寂しく、孤独で虚しかった。

そして、そばにいて欲しい相手として●が浮かんだのだ。●ともっと話せば良かったとか、一度くらい夜を共にしたかったとか、自分が死んだら●は誰と世帯を持つのかとか、自分以外の男の子どもを作って幸せに生きるのかとか、…自分が全く関わらず●が幸せを見つけるのだろうと思うと尚更虚しかった。

「あんたはあたたかいな。あんたがこんな風に看病する相手は俺だけにしてくれ。そうじゃなきゃ、死んでも死に切れん。」

寝る瞬間、自分でも何を言っているのかわからなかった。ただ、聞いていた●は俺の手を握って手の甲を撫で続けてくれた。

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ーー

翌日、すっかり元気な高杉さんが庭に出て大きく伸びをしていた。太陽を久しぶりに浴びる彼は生き返った気分なんだろう。高杉復活だ。

「あんたのおかげだ。本当に俺にとっての特効薬だな。」
「でも、まだ無理しないでくださいね?」
「ああ。気をつけるよ。ぶり返すわけにもいかんからな。」

とはいえ、とても気分が良さそうなので今日からあちこ歩き回りそうだ。それを嬉しく思う。

私は湯を浴びに行った彼を見送ってからお龍さんが私を呼びにきた理由を思い出す。

ー うなされていた高杉さんが●さんの名前を呼んでいたから…。
ー 会いたい人に会えたら良くなるかと思って。

好きな人の特効薬になれてとても嬉しかった。
昨日はふざけてしまったけど、少し期待している。彼が本当に治ってその気になったら、男女として床を共にしたいと。






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