ベタ惚れの主が姿を消して好きと気づく高杉


「お主、高杉高杉とうるさいのぉ。」

なんて言われるほど●は自他ともに認める高杉好きの女だった。高杉に惚れたと堂々と言い、高杉を驚かせた。彼女は恋に情熱的で暇さえあれば屋敷に赴いて高杉に話しかけていた。

高杉としては●は率直でわかりやすく面白い女だとして楽しみ、●に追われる日々を余裕たっぷりに満喫していた。時に揶揄い、時に焦らし、目の前に餌をぶら下げては●が掴もうとするとパッと離して意地悪をするように自分を与えそうで与えなかった。
だが、いつか二人は結ばれると確信していた。それ程、●は高杉にぞっこんで何をされても決して怒らず嫌がらず心底幸せだと言う笑顔で尻尾を振っていたのだ。高杉はそこに甘えていた。

…だが、
ここ数日、●が彼の前に現れない。

天気が悪いわけでもない。●を町で見かけたと言う者もいるので病に伏して寝込んでいるわけでもない。

だから、仕事で忙しいのかもしれない。仕事が理由で会いに来なかったことは何度かあった。まぁ、多忙でも隙間時間に高杉の顔が見たいから会いにきていたのだが。


ー 高杉さんと話せる時間が1番好き!
ー 今日も会いたくてたまらずにきました!
ー ほーんと、男前ですね〜。素敵〜。


好意を全面に見せて褒め殺しの日々はまた来るだろう。
売り言葉に買い言葉で高杉もノリに合わせて●を煽てたり褒めたりして楽しもう。
自分にぞっこんなのだから。


…しかし、それから2日経ってもなかなか来なかった。


(毎日来ていた女が来ないとどうも調子が狂うものだ。…まぁ、明日には来るさ。)

高杉にはまだ余裕があった。

(明日こそ会いに来るだろう。その時は飯でも奢ってやろう。)


しかし、更に2日経っても●は現れなかった。

高杉は足音や気配に敏感になったが、それらは●のものではなかった。
用が出来て屋敷を離れる時に●が来たら行き違いになると落胆した。そんな時のために誰かに託けを頼もうかと思ったが、一体何を伝えればいいのか浮かばずやめた。
急いで用事を終えて、さりげなく自分を訪ね来た者はいないか周りに聞くと「いません」と言われて徐々に危機感を覚える。

(あんなに高杉、高杉と甘えてきたが、脈なしと捉えて愛想をつかされたか?…俺の方がこんなに会いたいと思うなど笑えるな。)

●は宿を点々とする女なのでどこに身を寄せているのか分からない。馴染みの店や仲間に●がどこにいるのか聞いて回るしかなかった。

当たり前のように会えると思っていた女に会えなくなるとは思わなかった。宿や仲間に聞いて回ってもここ数日間●を見た者はいない。

今ではあの声が懐かしい。あの笑顔も。懐いてやまない愛らしさも。別れ際の寂しそうな眼差しも。

もう2度と目の前に現れないのではないかと思うと恋仲にならなかったことへの悔いが残る。


「あんた、どこにいるんだ。」


◆ ◆


「あーー、やーーっと帰ってきた〜〜ん。」

一つの仕事を片付けるのに10日もかかった。
その理由の一つは遠い場所へ行かねばならなかったから。また、もう一つの理由は、その町の料理が美味くなかなか離れられなかったから、更にもう一つの理由は近場に秘湯があると聞き、これを機に行かねば!と思って探したはいいがなかなか見つからず森の中で迷子になったから。

つまり、仕事以外のことに時間をかけすぎたのだった。

こんなにあちこち行くのなら馬で来ればよかった。まぁ、そんなことを後から言っても仕方がない。時間をかけた分、いい思い出が増えた。

あの町の麺と魚、肉、全てが美味かった。隣に高杉がいたら最高だったのに、と片惚れの男を想いながら疲れた足で宿を探していると、


「●、今までどこにいた。」


懐かしい声がして振り向くと驚いた顔を向ける高杉が立っていた。●は反射的に笑顔になり、両手を広げた。もちろん、抱きつく気はない。ただ、それくらい会えて嬉しいということを体で表現したいだけだったのだが、近づいてきた高杉は迷うことなく●を抱きしめた。

驚いた●は両手を広げたまま動揺して動けない。しかし、高杉は気にせず●を抱きしめて後頭部に手を添えて緩く撫でる。

「10日も姿を見せず…、さすがに心配したぞ。」

離れない高杉の背中にゆっくり腕を回して何があったのか話すと、

「全く…、人の気も知らないでいい思いをして。罪な女だな。」

呆れ笑いが響いた。そして、安堵のため息も。

「俺に愛想が尽きたのかと思ったが、俺がまだ好きか?」
「高杉さんのことしか考えていませんでしたよ!?ご飯食べたり温泉に入りながら、こんな時隣にいたらなぁって。」
「なら、今度は俺も連れて行け。もうあんたと離れる気はない。…あんたはたった今から俺の女だ。いいな?」
「も、勿論!…え、でもいったい何が…?」

10日間で何があったのか分からない。今までののらくらかわす彼が嘘のように素直で率直。夢のような急展開に幸せだが、心と頭の整理が追いつかなかった。

高杉はやっと緊張から解放された。
駆け落ち、相打ち、旅に出た、などなど妄想が膨らんで落ち着かない日々だったが、やっと離れられる。


「今夜はもう帰す気はない。」
「ひゃーー!嬉しい〜〜!…けど、本当に何があったんですかっ??」




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