強引な高杉


「あんたが俺と過ごしたいのなら俺はいつだって歓迎だぜ?」

高杉さんは両手を軽く広げて揶揄うように言い、私の反応を楽しむ。大胆なことを言われて返答に困り、口を噤むと彼は口角を上げて私の隣を通り過ぎて行く。

一種の度胸試しなんだろうか?
私が頷いても拒否してもどちらに転んでも良いんだろう。ただ聞いて楽しむ。意地悪ですごく余裕がある。
肩越しに振り向いて彼の背中を見つめる。
彼はこちらに振り返ることもなく飄々と歩き、人混みの中に消えて行った。
賭場に行くのか、飲みに行くのか、店に行くのか…、楽しめる場所に自由気ままに向かう背中を見ていて悔しい。

大人の余裕だ。
余裕がある彼と余裕のない私。彼に翻弄されるのも悪く無いけど、良いように遊ばれるのは避けたい。


ーーー


「よぉ、遊びに来たぜ。」

空が暗く、雲が厚い昼過ぎに彼は家に遊びに来た。自分の家であるかのように無遠慮に入って来て縁側に座る。
彼がくるとは思わなかった私は眠気を払って彼と他愛のない話をする。
そうしているとポツンポツンと雨が降って来た。

「おっと、雨か。傘を持っていないし、参ったな。」

厚い雲が閉じ込めずに落とす冷たい雨はだんだん激しさを増す。彼の演技じみた口調に多少呆れながら家に一本しかない傘をかすと言うと、

「傘はいらん。ここで雨宿りさせてくれ。」
「…それは良いんですが、凄い雨ですね。止むのかな。」
「どうだろうな?明日の朝まで降るかもしれんな。そうしたら、ここに泊めてもらわんとな。」
「!」

男を泊めるなんて!?
今日の高杉さんは強引だ。
何を仕掛けてくるのか分からない彼から逃げるようにお茶を出していると背中から三味線を音が聞こえる。
こんなに私が困ってもどっしり構えてる。じゃあ、さっきのは冗談?…もう。

「この曲を知っているか?」
「いいえ。何ですかそれは。」
「情人と共に過ごしたいと言う曲だ。」
「…そ、そうですか…遊郭でウケそうな曲ですね。」
「ああ、この曲を弾くと盛り上がる。」

でしょうね。遊郭で豪遊したり女に囲まれてチヤホヤされる彼が目に浮かぶ。呆れながらお茶を持っていくと彼は短い曲を続け様に弾いた。
曲の知識はないけど彼の演奏は好きだ。弾く姿も様になっているし、真剣な彼の横顔に魅入ってしまう。

「そんなに見つめられると穴が開くぜ。」
「っ…すみませんっ。」

急に彼から流し目が向けられてそっと目を逸らす。目を逸らしたけど、彼の綺麗な流し目が目に焼きついて離れない。

「今の曲はつれない情人を責める曲だ。…なぁ、もっと俺を構ってくれても良いんだぜ?」

あえてツンとした声を出しながら三味線を置く彼。

「今日はあんたに構ってほしくて来たんだからな。」

軽く両手を広げてくる。

「雨が降ってると知ってわざと傘を持たずに来たの?」
「なんだ、バレちまったか?雨が派手に降ってくれりゃあんたからの同情も引けるだろ。」

グイグイ顔を寄せてくる彼に驚いて咄嗟に彼の頭に手を乗せて動かす。彼はピタッと止まって目は大きく開けた。私から頭を撫でられていることに気づくには少しの間が必要だった。

「おいおい、俺は童か?構ってくれとは言ったものの、流石にこれは無いだろ」
「なっ、文句言わない。」
「参ったぜ。曲の内容も告げたというのに、あんたは一体どうしたらその気になるんだ?」

不貞腐れた。あぐらをかいて膝の上に頬杖をついている。でも、私から頭を撫でられることを拒みはしない。そんな彼が何だか面白くて笑った。

「あはは…。すごく不満そう。」
「まぁ、悪くはないが、物足りないな。…だが、まぁいいさ。時間はたっぷりある。なんたって、この雨は明日の昼まで振り続けるらしいからな。」
「ほんとに泊まる気!?」
「ああ、もちろんだ。風も吹いて来たし、あんたの傘を借りたところで壊れちまうだろ?」

不貞腐れた顔はどこへやら。彼は私の手首を握って自分の頰と重ねると首を傾げながらあざとく言った。


「今夜は意地でも帰らんぞ」


高杉さんを応援するように大雨と大風が吹く。本当に帰らなかった時のあらぬ妄想が浮かび、顔を赤くする。
雷まで鳴って来たので彼の大胆で強引な策からは逃げられそうにない。


「と、泊まってもいいけど、か、勝手は許さないからね?」
「ああ、いいさ。その気にさせてやる。」







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