痛み止めのキス


彼の豪邸は私のような凡人には値打ちのわからない奇妙な芸術品で埋め尽くされている。彼の財源はどこから来るのか?日に日に奇妙な物品が増えるけど、それに反比例して彼の体調は悪くなっている。

チューブを辿ればまだ若いのに末期患者のようなケアを受けている男がいる。彼は常に痛み止めの点滴や輸血を腕に刺しながら1日1日を生きていた。私は週に3回、半日かけて彼に延命のための薬物を投与する。

「●、この映画知ってる?最近本で読んだよ。」
「これはラブコメ?」
「ああ、なかなか面白い。ヒロインが君みたいで。」
「それどう言う意味?」

チャーミングな笑顔を向ける彼につられて笑い、映画のCMを見る。若い男女が照れ臭そうに見つめ合うシーンを見てニヤリとする。一方の彼は笑みを消してソファーに深く座ると投げやりに言った。

「僕には縁のないものだよ。恋愛なんて。」

私はそれになんと答えればいいのかわからない。
金があって何不自由のない人生が送れる身分の彼なのに彼は移動もやっとだ。一縷の望みを天才医者にかけて不治の病が治ることを夢見てる。

「私は尊敬します。あなたの精神力を。」
「レディーの前で泣き崩れたらカッコ悪いだろ?ただでさえ、君や薬がなければ寝たきりなんだ。」
「格好なんて私は見てません。あなたが寝たきりでも私は尊敬する。」
「君は優しいな。…僕がこんな体じゃなかったら…。」

それ以上の言葉はなかった。ただ、私に続きを求めるような目を向けてくる。私は隣に座ると彼の手を握った。
健康な人間が励ましたって意味はない。虚しいだけだと彼は言う。だから私は肝心な時は何も言えず、黙って彼の手を握るしかない。

「もし治ったら、デートしてくれる?」
「勿論。どこへでも連れて行ってくれるんでしょ?」
「ああ勿論。宇宙にだっていけるよ。」
「楽しみにしてます。」

この時の彼の瞳は複雑な色を浮かべた。悲しいような楽しいような。焦りと希望を同時に抱える彼を見て切なくなったけれど、彼も私の前でするように私も彼の前では弱った顔を向けないようにした。

「君がキスしてくれたら治るかも?」
「え?」
「冗談だと思う?」

指で唇を押された。私は軽く唇を手で覆ってから、照れたように顔を寄せた。彼は緊張した顔で私に顔を寄せ、おそらく人生初めてのキスを私と交わす。
唇を離した後の2人は照れたように笑う。

「まるで映画の2人みたいだ。」
「あなたのファーストキスがもらえて嬉しい。」
「貰われちゃったな。」

まだ照れる私たちはこの時だけ恐ろしい病魔の存在を忘れ去られた。このキスが何よりの痛み止めだと喜んでくれた顔が愛おしかった。


end



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