程よさなど忘れた熱愛


痛覚しか無くなったように、重く響く激痛が続いて悶えながら痛みに支配される感覚。これが続くなら失神してしまえと祈っても、そんな簡単に人は気絶をしない。特に真島は。

「…や、やるやないの…●ちゃん。」

肋骨が折れたんだろうか。内側から皮膚に向かって抉るような、大事な支えが曲がって他の臓器を傷つけるような痛みの連鎖に流石の真島も動けなくなった。

「うう…。」

鈍い動きで片目で自分が突き落とされた窓を見上げる。そこにはまだ●がいて自分の死を確認するために真島を見下ろしていた。
死んでいないとわかると、彼女は部屋に身を引いて見えなくなる。その姿に手を伸ばしても、彼女は戻ってこない。

「…あかん。…これ、ホンマにあかん感じや。」

腹が冷たい。何でや?と腹を見れば、窓を突き抜けて落ちた時に刺さったガラスの破片が深く腹に刺さっていた。

「…ほん、ま…わしが、…きらいなんや、…のぉ…。」

これでは自分は死ぬだろうが、死んだら●が殺人者になってしまう。それは避けたいし、真島は死ぬ気はなかった。早くこんな怪我治して、まだまだ●につきまとう気満々だった。
ただ、真島は神でも悪魔でもない。こんな怪我して、放置されたらそれは流石に…、

「コレ…あか…ん、感じや…。」

血の気と痛みも引く。願っていた気絶が真島の意識を薄れさせる前に、なんとか懐から携帯を取り出して西田に電話をかけたが、助けを求める前に真島の意識は途切れてしまった。


ーーーーーー
ー仕方ないじゃない。警察も助けてくれなかったんだから!

殺人未遂を犯した●だが自分を追ってくる警察も組員もいない。その不安に何とか争い、更には自分の罪を正当化した。

翌日で自分の体に残った痕を泣きながら見る。
その色の痕は狂犬と呼ばれる男が遺したものだ。
いやらしい程太くて厚い舌が何度も●の肌を覆い、キツく吸ったその感触に我慢ならず、やめてくれと叫んだが、それさえも彼は楽しみ、言う。

ー わしに命令出来んのは、わしより強いモンだけや。わしを止めたいんなら、わしを打ち負かさんとな。
ー ええか?これは●ちゃんの罰なんやで?わしのこと唆して弄んだのは●ちゃんやないの。気のないくせにわしのこと好きって言うたり、他の男と股かけ寄ったり…そりゃあかん!流石によぉないで?

半目で諭しながら、●をベッドに組み敷いて腰を前後する。挿れてはいないが、腰使いを披露して誘っていた。
●は冗談じゃないと心の中で叫ぶ。こんな狂った男にこれ以上、と。

真島というこの犬は出会った時から壊れていた。

常に都合よく言葉を解釈して…、そう…、言って仕舞えば、自分に●が気があると言う前提で世界を見ていた。歩いている人を避けるために真島に寄れば身を寄せたと言い、真島の面倒見の良さが好きだと言えば異性として好きだと言われたと思い込む。
そして、距離が縮み、セクハラが続き、ついには攻め込まれたので嫌がれば自分を弄んだのはダメだと甘く叱るのだ。

襲われたので必死に暴れても、喧嘩慣れしてる真島は赤子の手を捻るように●の股を広げさせ、そこに顔を寄せた。恋人ではない男にされて羞恥心と恐怖心が混じり、●はホテルの部屋で泣いていた。ただ、行為中はその涙さえ甘い潤滑油と見なされる。

ー ここから甘い匂いがぷんぷんするで。男求めてビクビクしとる…ここに舌入れたら…もうイッてまうかぁ?ンン〜?

力が足りない自分はこの男に観念して暴れるのをやめた。どんなに暴れたって敵わない。啜り泣き、自分の腕を噛みながら声を我慢する。下半身をいいように扱われ、勝手に湧く快感を嫌悪しながら、この行為が終わるのを待った。悔しくて、気持ち悪くて、部屋のドアが開いて誰かが止めに入れと願うほど苦痛だった。

ゴムは使っていたが、何度も体位を変えて繰り返された行為の後に怒りと復讐が●を支配する。
男が離れて一服のために窓に近づいた時にその背中に体当たりして半開きの窓から突き落とした。落ちる前に振り向いて目を見開いたが、●の腕を掴みもせずに真島は一人で4階から落ちていった。

彼はまだ生きていたが腹にガラスが刺さり、全身を強く打ってコンクリートに血が広がったのを見たら、先はないと思った。私は人を殺したと覚悟したが、本能的にその場から逃げた。泣いて助けを求めたいのは私なのだから。と長い行為から積もり積もった憎悪を心の中で吐き続けていた。


◆ ◆

1週間後。
真島は包帯を腹に巻いたまま組のソファーに座っていた。そして、目の前に集まった組員にひょうきんな声で話す。

「やぁ〜、今回ばかりはホンマに死ぬかと思ったわぁ〜。あん時携帯電話が壊れとったら終わりやったで〜。」
「親父!あんな女もう生かしゃちゃ「ああん?あかんで。●に手を出したら。」
「でも親父!あの女は親父を!」
「なんやお前、わしの命令が聞けんっちゅーことか?あん?」

怪我をしていても彼はすぐに立ち上がり、その組員に詰め寄る。そして、ドスを手にして彼の首に先を突きつけた。喉元の刃先を見て息を呑んだ彼は震える目で真島を見る。彼としては親父を尊敬しているからこそ言ったのだから。

「わしの●を傷つけたら、お前殺すで。」

低い声が響き、その部屋は何の音もしないほどの静寂に包まれる。全ての生き物が消えた世界のように静かだった。その無音の世界にやっと響いた音は真島がドスを仕舞ったカチッと言う音。それに続く音は、真島のひょうきんな高い声。

「おもろいやんか!ここまでホンマに歯向かう女は他におらんし、そんな女をモノにしたいんや。」

彼の楽しそうな声が響くが誰もその声に賛同するものはいなかった。

その後、真島は"絶対安静"の約束を破り、薄い霧が広がる街に出る。求めるのは1人の女だ。
点滴だなんだのと体に繋がった管を無理やりとって病室を出た真島が会いたいのは●しかいない。また殺されようとも、病的に愛しているのだ。どんな喧嘩でも味わえない極上のスリルが味わえる恋愛に心ときめかせて彼女の姿を探して回る。
そして、見つけた。
片目を細めて霧の中でもはっきり彼女の顔を捉える。彼女は真島の視線と靴音に気づいたらしく顔を上げると、一瞬恐怖で固まってからすぐに人混みの中に逃げていく。

「ヒヒッ、待たんかい待たんかい…。」

薬中のように開き切った目で彼女を追う。酔っ払いを払いのけ、客引きのために擦り寄る店の女もどかして、ヒヒヒ、と笑いながら彼女の腕を握って引き寄せた。

「や!や!誰か「会いたかったでぇ〜!元気しとったか?ほれ、ここ入ろうや。」

グイッと彼女を路地裏に引き摺り込み、壁に両手を押しつけ、両足を絡ませあって身動きを封じる。●との触れ合った体からは彼女の震えが伝わってくる。恐怖と混乱、絶望、…顔はとてもいい表情だ。

「今のわしの弱点はココや!右腹や!ほ漢字ふりがなんで、今度はどうやってわしを殺すんや?」
「…や、なんで、…何でまた…私を殺すの?」
「殺すぅ?好きな女殺すアホがどこにおる。わしは惚れなおしたんや。ホンマにわしのこと殺そうとする女なんて逞しすぎやないの。……ほんでも、生半可なヤリ方しとったら終わらへん。わしが生きとる間はお前のこと逃さへんで〜。」

にッと笑う真島は●の指に指を絡めながら楽しそうに耳元に口を近づけると、次はドスを効かせた声を浴びせた。


「…覚悟せぇ。」


殺すのなら本気でこいと、殺しきれなければ啼く目に遭うと、教え込むために。自分はもう"程よさ"など忘れた身なのだから


end

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