初恋とプチ失恋


「素敵なお嬢さんですね。」

立華がぽつりと口にした言葉に桐生は顔を向け、ああ、とだけ口にした。横に立っている立華は●の背中を見送っているが、●と立華は今初めて会った者同士。
立華の礼儀正しさが他人にまで通用しているだけなら不思議はないが、桐生としては違和感を覚える。

「●にあったことはあるのか?」
「いいえ。今初めてお会いしました。」
「そうか。そうだよな。」

立華と飲んだ帰りに、知り合いの●とたまたま出会ってあいさつと小話をした。その間は立華は黙って●を見ており、●も立華に挨拶と自己紹介はしたものの桐生の方を見て雑談をして帰っていったので、2人が知り合い同士という雰囲気ではなかった。

「さて、そろそろ帰るか。尾田からアンタを遅くまで飲みに付き合わせねぇように言われてるんだ。アンタの体に障るからな。」
「尾田さんらしいですね。ですが、たまにはこんな夜も悪くはありません。あまり酒は飲めませんが、楽しかったですよ。」

●が角を曲がって姿を消したからか立華の視線はやっと桐生に戻る。少し口調が柔らかいのは酒で心地よくなっているからだろうか?
流石の桐生も、何か違う、いや待てよ、まさか?と答えに辿り着いた。

「アンタ、●に惚れたのか?」
「……、はい?」

微妙な反応だ…どちらとも取れる。動揺なんてしない男の立華のこと、こんなストレートな質問に対して頬を赤らめて、ええ実は…、等と話すわけもない。

「いや、何でもねぇ。」
「…では、尾田さんに車を回してもらうように電話してきます。宜しければ桐生さんをご自宅に送りますが、どうします?他に用事でもありますか?」
「………。」

話を切ったのはこれ以上触れてほしくない話題だからか、それとも話すことはないから帰ろうとしてるだけなのか。…うむ。

「せっかくだが、●がちゃんと帰れたか心配だ。俺はアイツを送ってくる。」
「●さんの家は遠いんですか?」
「まぁな。それに、女の一人歩きは危ねぇからな。」
「そうですね。なら●さんもご自宅に送りましょう。」
「いいのか?なら、探してくる。」
「私も行きますよ。」
(ほぉ?)

合理的な立華なら、自分は車を呼び、桐生は●を呼んでくる、というように二手に分かれることを言い出しそうだった。しかし、これだ。桐生より足早に●を探しに歩いている。これは明らかに脈があるはず、5億かけてやろう。

「●さん。」

立華が目敏く●を見つけて声をかけると、振り向いた●は不注意から近くにいた男とぶつかってしまった。その男は酔っているのか相手が女でも不快さを全面に出し●を払い除けるように押し出す。

よろけた●を受け止めたのは立華だった。
桐生の目の前で互いが抱き合うような形になり、じっと見つめあっている。

「オイ、不注意でぶつかっただけだろ。女相手に何するんだ。」
「ああ?るせーな!俺は今機嫌が悪いんだよ!」
「機嫌が悪いからと言って暴力はいけませんよ。」
「…(立華が言い返している)。」

●を背中に隠し、毅然とした態度で酔っ払いを注意する立華に男の拳が降りるが、それを受け流すと鳩尾に膝を入れた。カンフーのような流れのある動きを目にした●は目の前の男に驚く。

「お怪我は?」
「ああ、こんなの平気ですよ、あの、その、ありがとうございます!」
「こんな奴らに絡まれるのも厄介だろ。今立華の仲間が車で迎えにくるから家まで送っていってやるよ。」
「いや、そんな悪いよ…。」
「いいえ。●さんの安全が大事です。」

落ち着いた笑みを浮かべる立華に見惚れる●はころっと頷く。そんな2人を見て桐生はなんとも言えない想いになった。自分を差し置いて明らかに淡い恋が展開しており、

ー 強いんですね…。
ー 護衛術は心得ています。
ー戦える不動産屋さんですか…ふふ。面白いですね。
ー 柄じゃありませんが、お嬢さんを護るために出来ることはします。

などなど、いい感じの話が紡がれている。
車を回してやってきた尾田は初対面の●を見て怪訝そうな顔をしたが、2人の世界を察した瞬間顔に影が差し込んだ。

ー おい桐生どうなってんだよ?あの女は?
ー まぁ落ち着け。俺もよくわかんねぇんだ。2年もトモダチをやってきた俺を差し置いて立華と意気投合してるんだからな。
ー ああ?立華さんが…ほ、惚れた?
ー 一目惚れってやつみてぇだな。2人の話が長くなりそうだ。どうだ、尾田。一杯やるか?
ー 一杯やったら誰が運転するんだよ。



end



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