ドア越しの恋


真島はグランドに行く前に必ず寄るところがあった。それは小さなアパートだ。手土産というには大袈裟だが、彼女の好きな飲み物や菓子をコンビニ袋に詰めて会いにいくのが日課になっていた。
約束は特にしていないが、今日もアパートの錆びついた階段を登る。

「おるか?ゴローちゃんが来たでぇ。」

部屋のドアに話しかけるが返事はない。あるのは硬い一枚のドアだけ。側から見ればドアに話しかけている変な男なのだろうが、真島は気にしない。何故なら、ドアの向こうに●がいることをちゃんと知っているからだ。

「肉まん持ってきたで。熱々やから、早よドア開けて食べや。」

●を外に誘い出してみるが、相変わらず返事も反応もない。ほんならドアノブに袋掛けとくで、とコンビニ袋をドアノブに引っ掛ける。何の反応もないので、真島はドアに寄りかかりながらタバコを一服取り出す。
彼女がドアの向こうにいるのはわかっている。それだけでもう十分だった。これは借金の取り立てじゃない、彼女と会えなくともいい。

「今日は流れ星が流れるっちゅー話やけど、●ちゃんしっとったか?」

ふぅ、とタバコを吐くと、ドアノブが微かに揺れたの目にして口角を上げる。そっと背中をドアから離すとドアがほんの少し開いてからまたゆっくり閉じた。

(ほんま、臆病なやっちゃな。ま、ええわ。)

ふ、と笑うと真島は手すりに腕を置いて星を眺めた。
真島に惚れられた●は、彼が怖いという理由から真島を避けていた。それは至極当然だし、真島も無理にどうこうする気はない。ただ、そんな●を可愛いと思い、つい近づきたくなってしまい、こうしてドア前に現れて少し話をして去っていくという関わりを毎日続けていた。

「……真島さん。」
「んおお!?おう!どないしたん?」

急に話しかけられて驚いた真島が慌てて振り向くとドアがほんの少し開いて手が伸びてくる。その手は何かを握っていた。

「これ。」
「貰ってええんか?」

白くて細い手はビクビクと震えている。そのいじらしい手に優しく手の平を寄せるとポロッと飴が落ちてくる。甘そうないちご飴だ。

「あん?くれるんか?」
「いつも、美味しいものをくれるから。」
「口に合うかわからんけどなぁ。…せや、今度好きなもん奢ったる。わしと飯でも行かんか?まぁ、ワシの仕事が始まる前やから昼飯か早めの夕飯かになるんやけど。」
「………。」
「ああ、ええ!ええで!無理ならこのままでもええ!」

無言になった●の手が引いていく。踏み込みすぎたと思った真島は慌てて取り消した。

「よっしゃ、ほんなら仕事行ってくるで。冷めんうちに肉まん食べるんやで。ああ、●ちゃん細いからこれだけを夕食にしたらあかん。他にもちゃんと栄養あるもの食べてはよ寝ぇや。」

タバコを揉み消して吸い殻を手に階段を下がろうとしたら、呼び止められる。足を止めて振り向くと、ほぼ閉まっているドアから問われた。

「真島さんはいつまでこうしてドアの前に来るんですか?」
「せやな。●ちゃんに嫌われるまでや。ほんまに拒まれたら、わしも潔く諦める。それまでは通うで。」
「…はい。」

心細そうな声に胸が少し切なくなる。怯えさせたかと申し訳なさを感じながら、ゆっくり階段を降りようとしたら、また呼び止められる。

「流れ星を見つけられたら教えてください。」
「!…お、おう!休憩中に探したるわ。●ちゃんも見つけたら教えてや。明日、いくつ見つけられたか話そうやないか。」
「はい。」

相手の顔は相変わらず見えないが、柔らかな口調の返事を耳にした真島は自然と口角が緩んだ。
そして、階段を降り、夜空を見上げる。グランドに着く前に流れ星がひとつくらい見えないかと期待して歩いた。



end

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