初対面の見舞い客


仕事の仮眠室で寝ていた私は声をかけても揺さぶっても一向に目覚めなかったらしく、驚いた職員が救急車を呼んだ。私が目覚めたのは病院に搬送された翌日であり、自分が病室にいたことや点滴を受けていることに混乱した。
その後経緯を説明をされ、上司からゆっくり休むように言われたことで少し気持ちが楽になった。まだ疲れが取れなかった私は再び目を閉じてぐっすり寝た。そして、起きた時に寝る前になかった変化に気づいた。

誰が届けてくれたのか、何もなかった棚の上に見舞いの花束が置かれてある。オレンジとピンクの可愛い花で見ていて元気がでる。看護師に聞いても誰が置いたかわからないと言われ、多分友人か上司からの花だと思い、退院したら礼を言おうと思った。

そして、2日後に退院して仕事に復帰した。
迷惑と心配をかけたことへの詫びと感謝を伝えてから、素敵な花をありがとうございました、と言ったが皆が首を傾げる。職場の人は足りない人数で仕事を回すことに必死で見舞いに行けなかったという。

私は帰宅して活けてある花を見つめた。
職場以外の人で私がこの2日間入院していたことを知っている人なんていないはず。家族とも離れて暮らしているし、友人に知らせる余裕もなかったし。

(誰かわからないけれど、ありがとう)

心の中で礼を言って、明日の仕事のために早く寝た。

翌朝、コンビニで昼食を買っていると隣に人の気配がした。チラリと横を見ると見知らぬ男が私と並ぶように立っている。サングラスをかけた長髪の人で、ぱっと見でヤクザだと分かったので緊張が走った。

(私邪魔?)

さっさとサンドイッチを一つ手に取ってレジで買い、足早にコンビニを出る。カバンの中にサンドイッチを押し込んで、朝日に目を細めながら信号機が青に変わるのを待っていると、また横に気配を感じて横を見るとさっきの男が立っていた。

(え!?なになに、こわ!)

流石にわざとというか敢えてだと思ってドキドキする。ヤクザに尾行されることなんてしてないはず。
周りに人がいないし、何かあったら怖いので距離を取ろうと思ったら声をかけられた。

「倒れたんやろ?」
「え?…え?私?」
「おう。2日前に嬢ちゃんが救急車に運ばれとったから、何やと思ってな。もう体はええんか?」
「あ、は、はい、ただの過労でして…。」
「昼もサンドイッチひとつ買っただけやけど、ホンマにそれで足りるんか?」

こちらを見る彼の目はサングラスで見れないけど、話し方はとても優しくてオカンのような世話焼きな性格に思える。見た目と声のギャップがすごい人だと思った。

「俺は嬢ちゃんにとって初対面の男やけど、嬢ちゃんが朝早くにコンビニで昼食買って、夜遅くまで働いてヘロヘロになって帰るのをよく見とったんや。俺はここの近くで働いとるから、自然と嬢ちゃんが目についてな。…あんま無理したらあかんで。」
「は、はい。ご心配おかけしました!」

青信号になるけれど、彼を置いて歩く気にはなれない。私は彼と並んで歩いて、その度に労りの言葉をもらった。顔は強面なのに口を開けば普通というか、かなり優しいというか。

「夜は抜いたらあかんで?疲れとるんやったら肉でも食ったらええ。今度ええ肉奢ったる。」
「肉…はい、いいですね。」

彼は冗談で話したのかもしれないけど、私は真に受けて頷く。すると、通りかかった花屋の人から彼が声をかけられる。

「お兄さん、もう花はいいのかい?」
「おう。もうええで。」
「元気になれる花、入荷しましたけど?」
「もう元気になったからええで。」
「そうですかぁ。」
「ほなな。」

片手をあげて花屋に別れを告げると私に向き直った。その真剣な顔つきに私も力んで向き合っていると、彼はフッと笑う。

「ほれ、会社後ろやで。遅刻しないように頑張って早ぉ起きたんやろ?行ってきぃや。」
「!…あ、は、はい!では!」
「おう。またな。」

片手をあげて私を見送る彼にペコっと頭を下げる。
私は会社に入って階段を登っている間、すごく彼のことを考えていた。名前も素顔も知らないのに、初対面とは思えないほど優しく声をかけてくれたし、応援してくれた。

(やば、やば、…やば!!ドキドキしてる。何でよ。こんな、こんなことで!?)

その日から私は特徴的な彼の姿を思い浮かべながら仕事に励むようになったし、通勤中に周りに彼らしき人がいないか気にかけるようになった。


end

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