ダンス with ゴロ美


「夜に舞う蝶…。このゴロ美が…今夜のヒロインや。」

突如として現れた謎の女、ゴロ美。
ダンスホールの中央で強烈な色を放っていたのはあまりにも不思議なジャンルの女(?)だった。ある意味で皆が目を奪われ、その目線の数に喜んだ彼女はキレのあるダンスを披露して、この場にいるすべての人間を音楽にノせる。

一方で、私は半口のまま彼女に目を奪われて佇んでいた。さっきまで私が注目の的だったのに、それを奪うように新しいアイドルが現れたのだから。
彼女の決めポーズは私に向けられており、強烈な嫉妬を感じる。言っちゃ悪いが、あんなふざけた見た目の人間が、見た目とは裏腹に完璧なダンスを披露するなんて、あまりに狡くないか?どこの誰か知らない新参者が一瞬にしてすべての人間を魅了してしまったなんて、ここはゲームの世界か何かか?

私は親の反対によってプロの道は断念したが、仕事以外の時間は今でもすべてダンスに費やしている。化粧にもおしゃれにも美容にもアクセサリーにも惜しまず金を費やし、 ダンスのための体力作りや、体幹作り、柔軟性、ダイエットと、毎日欠かさずに努力をして仕上げていたのだ。そこまでした自分はこの街のダンサーからも認められ、名が知れ、人気者だったのに、このオカマが一夜にして私からNo. 1ダンサーという立場を掻っ攫っていったのだ。
しかも、…

「今夜のMVPはアタシや。」

と、私の横を通り過ぎる時にわざわざ私を見て得意げに捨て台詞を吐いて行った。これは許せない。悔しすぎる。

「ちょ、ちょっと待って!それを決めるのは見ている人でしょ?」
「ほぉん?ほんなら、アタシとダンス勝負や!ええな?」
「もちろん。」

キンパで刺青のあるよくわからない趣味の奴にあっさり負けたくはない。2人でホールに立って一曲勝負をする。
同じ曲を隣で踊って、どっちが人々をノラせたか、楽しませたか、それを競わなければ納得いなかった。


ーーーその結果。

…明らかな結果が出たわけじゃない。
見ている人は私らのダンスに興奮して楽しみ、同じようにその場で踊り、ホールがこれ以上ないくらいに歓声で湧いた。彼らはどちらが上で下なのかなんてこれっぽっちも気にしてない。

「ヒヒ。アタシらが踊ったらえらく盛り上がったのぉ。どや?1人より2人で踊る方がみんなも喜ぶんやないの?」

ぽん、と肩を叩かれる。

「……。」

私は1人で踊るのが常だった。私を見てほしいし、踊りには自信があるし、この場所は私にとって自分を魅せる場所。カラオケと似てて美声を響かせたいし、聞いてほしい。"上手い!"と言われたいし、得意なことは披露したい。
だから、誰かとペアを組んで踊るだなんてしたことはなかった。…誰が上手いかという競争心こそがすべてだった私は彼女とステージを降りてから、皆が思い思いに踊るホールを眺めていた。

「そうやって私を諭しに来たっていうの?」
「そこまで考えとらん。ただ、一緒にスポットライト浴びて踊るのも楽しそうやと思って準備してカマかけてみたんや。」
「準備って…その、メイクとか?」
「おう。似合っとるやろ?踊るんやったらちゃんと決めなあかん。なんせ、相手は神室町一のダンサーやからのぉ。」

コツコツと私の周りを歩く彼女の頭の先から爪先まで見る。キンパのウイッグ。派手なメイクにピンクのネール。目が疲れるピンクのボディコンに網目タイツに高いヒール。彼女の言う通りすごく拘っていることは伺えた。
それにあのキレのあるダンスを踊るには相当練習を積んできたんだろう。二曲連続で踊っても息切れさえしてないことから体力もあるんだろう。しかも、ヒールで踊りきるなんて。

「…私はこの街一番のダンサーだと思っていたけれど、あなたには叶わないみたい。凄く悔しいけれど、仕方ない…認めるしかない…。」
「今夜はアタシの勝ちやけど、次はわからへんで。ライバルがあってこそ人は伸びる。アタシに負けんようにこれからも頑張るんや。ええな?」
「…な、何様…。はぁ、まぁ、いいわ。今の自分に満足しないで頑張るよ。」
「ええ女やないか、●ちゃん。」
「え?なんで私の名前を?」
「ヒヒ。また近いうちに踊ろうやないの。」

私はこの日、端的に言って意味不明な相手と巡り合った。
見た目はふざけてるのにハイスペックで、何しても誰よりも秀でていて、こちらがムカつくほど私の数歩前で輝いている。
最初はライバルだと思って何とか越えようと思っていたけれど、実力の差は歴然。私は仕事の合間にもダンスの練習をしてきたけれど、私のダンスより綺麗でエネルギッシュで大胆な踊りを踊る彼女に人の目が向うのをひしひしと感じ、私の努力は無駄に思えた。

何をしても勝てない相手と出会ってしまった。
私のダンスは彼の前座に過ぎないのなら、私に踊る価値はなく、ダンスホールに向かうことさえやめてしまった。

ー …はぁ。

その夜、仕事帰りにバーで一杯しながら、頭の中はダンスではなく、仕事のことを考えてた。
仕事をダンスにしていなくてよかったと思った。だって、仕事をダンスにしていたら今頃自信を無くして辞めてたと思う。私は自分の踊りが1番じゃなくなったことで、踊ることへの熱が冷めて乾燥していた。

ー 明日から何しよう。

いつもは家でダンスの練習をしたり、音楽を聴いたり、振り付けを考えて、衣装のデザインまで描いていたのに、…そんなことしたってもう何も…。

「ここにおったんかー!探したで!?」

嵐のような存在。周りを巻き込んでいくゴロ美の声が店に響く洒落たジャズをかき消した。ドカドカと店に来るゴロ美。店員さんは入れ墨の入ったオカマをどう扱おうか困っていた。
ゴロ美は私を踊りに誘うけれど、その手を振り払う。そして、もう熱がなくなったことを伝えた。それはゴロ美の存在のせいだとハッキリ言った時も私はやっぱり彼女に嫉妬していた。悔しいくらいに。

「わしはお前から生きがいを奪ってしもうたんか。ほんなら、ほんますまん。わしが悪かった。…わしはただ、お前と踊りたかったんや。一緒に踊る相手として相応しい奴だと認められるために、ここまで踊りを極めただけなんや。」
「……はぁ…さっきは言い過ぎた。ごめん。これは、私の問題だよ。…ゴロ美は悪くない。ただ、私は1番じゃなきゃ楽しくないの。」
「ほんなら次はわしらで一番にならんか?」
「え?」
「競うように同じダンスを踊るんやない。2人で一つのダンスを仕上げようやないか。」

ここ数ヶ月、まるで大会みたいにゴロ美を越すためだけに必死に踊っていた。でも、今度は競わず2人で踊る。補い合いながら。
どんなダンスになるのか見当もつかない。でも、まぁ…楽しいのかもしれない。

「足引っ張らないでね。」
「ふん、望むところや。…せや。その時はわしもスタイルチェンジしとこか。」
「どんな姿でもいいけど、…ダンスの曲は?」
「曲は最初に競った時の曲にしようやないか。わしらが出会った思い出の曲で新しい一歩を踏み出そうやないの。」

ゴロ美の提案を飲んで、またダンスの世界に戻ることにした。
そして、次の日はダンスを練習するためにゴロ美と広場で待ち合わせをしたのだけども、知らない男の人が現れた。
テクノカットのパイソンジャケットの男。最初は他人だと思ってそばに来ても無視してだけど、コラ!無視すんなや!と怒られて目が点になった。

「え?!…ごろみ?ごろみの、…正体!?」
「せや。これがわしや。真島吾朗や。ゴロちゃんって呼んでくれてええで。」
「……!」

正直、素顔がこんなイケメンだと思ってなくて次の言葉が出てこなかった。…私はこんな人を相手に今まで話していたの?うそだ。絶対もっと不細工な男だと思ってたのに。

「………。いや、いい。」
「は?」
「一番の座はあなたに譲るから、やっぱりダンスしなくていい。さよなら!」
「ちょ、ちょ、待てや!!今度は何が地雷やねん!」

ぐいっと引き寄せられて横から抱きしめられる姿勢になる。顔は近いし、勢いで体が密着してるし、真剣な声で問われると逃げられないし。待ってくれ、何これ、無理!

「2人で神室町のトップダンサー目指すんや。大丈夫や、お前なら出来る!わしが見込んだ女や!ほや、いくでー!」

掛け声と共にダンスが始まる。私はとりあえず彼のステップに合わせて動くけれど、彼の顔を直視できない。20代後半の若い男だったなんて聞いてないよ。こんなに腹筋割れまくってる体だなんて知らないよ。妖艶に腰をくねらせる彼を見てるととてもじゃないけどダンスに集中できない。

「腰が入っとらん!今日はどないしたんや!」
「う、うるさいな!」
「明日も明後日ももう特訓やでええ!」
「ええー…。」

私の競争心は何処へやら。嫉妬の代わりに生まれたものは一目惚れという厄介な情熱で、それを誤魔化しながら必死にダンスレッスンをこなすことになった。


(ダンスよりも大事なものができそうだ…。)


end


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