豹変する男


男に絡まれて怖い思いをした時、もっと怖い男が現れて相手の顔を容赦なく殴った。わ、と身を固めた私はまるで自分が殴られたような痛みが走る。そのくらい、絡んできた男は勢いよくぶっ飛んでゴミ箱に当たって倒れた。

「わしの女に手を出すとはええ度胸やないか、アアン?」

男を殴り飛ばした乱暴な男にガシッと肩を抱き締められる。人質のような気持ちで彼の腕に仕舞われていると絡んできた男は泣き声を出しながら謝って逃げていった。

「なんや、ダッサいのぉ。」

まるでこれから始まる喧嘩が楽しみだったと言わんばかりの失望した声が頭に落ちる。そっと私の肩を離した彼に頭を下げて逃げようとすると腕をグッと握られた。

「な、なにですかー!?」
「ヒヒ!ビビりすぎや、ネェちゃん!」

ニヒッと口角を上げて笑う彼から身を引いて距離を取る。男は品定めするような目で私をジーッと見つめるので、嫌な予感がする。

「なんや、なかなかええ女やないか。ほんまにわしの女になれや?なぁ?」
「え、え、いや、私、その、…実は男でして。」
「はぁああ?んなわけあるかいな…って、え?ホンマに?どれ、」
「わあああ!?何触ってんですか!ばか!」

下を触られて思わず叩く。ヤバっと叩いた瞬間後悔したけれど、彼はますます楽しみ出して笑った。

「決まりや、決まり。今からネェちゃんはわしの女や!名前は何なんや?」

楽しんでいる、らしい。私は腕を掴まれたまま仕方なく彼、真島吾朗と付き合うことになった。

とはいえ、こんな訳のわからないスタートなんだし、うまく行く訳ないと信じてたので、彼との別れを待っていた。
私からは連絡しないし、彼からもしょっちゅう連絡が来るわけでもない。

先日は夕食に誘われたけど、寿司屋に行って美味しい寿司を食べてからさっさと帰った。ホンマ警戒心ありありやな、と感心したように言う真島さんは私のアパートの前で帰って行く。

(はぁ、極道の人と恋人とか、勘弁して〜)

ポケベルが鳴るたびにビクビクする日々。こんなこと誰にもいえないので、友人から何があったの?と心配される日々。

(疲れた…。でも、この前食べた寿司、美味しかったな。高かったし。)

仕事終わりにコンビニで雑誌の立ち読みをしてみる。こんな他愛のない平凡な時間が癒しになるなんて思ってなかった。のんびり文字を追っていたら、視線を感じて顔を上げる。すると、ヤモリのようにコンビニの窓に彼が張り付いてこちらを見ていた。

(ーーーー!??!!)

後ずさって反対側の棚にぶち当たる。店員に驚かれたけど、慌ててずれた棚を戻してコンビニから出ると真島さんがスキップしながら近づいてきた。

「●ちゃん、めーっけ!わしの熱視線に気づくのに37秒かかっとったで?」
「そんなに見つめてたんですね?」
「おう、その顔は綺麗で飽きんからノォ。ほんで、もう仕事終わったんか?」
「は、はい。えっと、」
「ほんなら飯行くで!」

元気だ。ぐいーっと肩を抱き寄せられて歩く。強引で、破天荒で…こちらのペースを狂わせる男。彼は掴めないのである意味ドキドキした。

「まじまさーん!!」

急に近くから声がした。曲がり角から現れた可愛い女が真島さんを見て手を振って駆け寄る。

「あ?サユちゃん、どないしたん?」
(誰?)
「真島さーん!お久しぶりですね!最近お店に来てくれないから、何かあったのかと心配しちゃいましたぁ!」

このサユという子、私が見えてないのか。私を気にせずに彼の片手を握ってユサユサ揺らして甘えている。話からキャバ嬢らしい。

「店にはもう行かへんで。わしの女ができたからなぁ。」
「え?本当に?……。」

彼女は私を値踏みするように見つめると、真島さんに耳打ちをする。"別れたら来てくださいね"と、はっきり私にも聞こえた。なんかムカつくな。

それから彼女と別れ、真島さんは私を連れて街を歩くけど面白くない。サユとは?どんな時間を過ごしていたんだろ?キスしたのかな?私とはまだ何もしてないけど…。
この半端な思いをどうしたらいいのかわからずにいたら、ガシガシと頭を撫でられた。

「自信持って歩けや。お前はわしの女やで?」
「え?」
「サユちゃんは誰にでも挑発する子やから気にすんなや。」
「…真島さんって、何で私と付き合ってるんですか?顔が気に入ったから?」
「せやなぁ、……カンや!」
「は?」
「カン!この女や!っていうアレや!」
「アレって何?」
「せやから、ビビッと来るアレや!ソレ!」

勢いで話されてもわけわからないよ。ムッと目を向けると、分かれ、とゴリ押しされる始末。真面目な顔で訴えられれば、なんだか笑えてしまう。面白い人、とついこぼすと彼はニンマリする。

「面白いのはどっちやねん。自分のこと男っちゅー無茶苦茶な言い訳考えて逃げ出そうとする女なんて初めてや。人のこと言えへんで。」

彼は私の頭を撫で回しながら居酒屋に入った。
彼は面白いんだろう、私との時間が。恋焦がれるというよりも、面白がってる。そして、私もソレを感じている。彼は極道なのにユニークで嫌味がなくて怖くもないし、笑えてしまう。
少しずつ彼に興味を持った私はその日はやっとデートをした気になった。

それからというもの、彼と会うのが楽しくなり、少し気合を入れるようになった。
化粧を変えてみると、ええやん!とすぐに褒めてくれる。彼の存在は私に自信を持たせてくれた。それがすごく嬉しいし、すこし悔しい。

「最近色気でとるのぉ。」
「そう?」
「おう。」
「……(それだけ?)」

肩を抱くくせにそれしか言わない。彼はそっちに誘わないから、何で?とこちらが焦る。褒めるけど求めないからモヤモヤしてしまう。女の魅力が足りないのかな。サユみたいな可愛さもないし。…男を喜ばせる言葉なんて知らないし。

今日もデートしたらアパートまで送られて別れの挨拶を告げられた。いつもそうなのに、今日は悔しい。だから、彼の腕をグッととると、彼は立ち止まって振り向く。

「何や?決心ついたんか?」

少し低い声で私に問う彼はいつもと雰囲気が違う。ドキッとすると、ふっと笑われて試すように壁に追い詰められた。壁ドンのポーズを取る真島さんは静かな目で私に顔を寄せて、逃げない私を見つめて唇を重ねた。

雰囲気が違いすぎて…戸惑う。
いつもの軽いノリやバカみたいな元気がなくて、波風立たない水面みたいな静けさがある。

「真島さん?」
「…いいから黙っとれ。」

優しく甘い声で黙らされる。外で何度もキスを交わして蕩けて行く。この人、こんなに甘くなれるなんて…知らなかった。
いつしか、壁がベッドのようになっていた。私は壁に押し付けられたまま、その場で首筋を吸われていた。服が乱れて胸下が見える。吐息がそこにかけられ、2人はいつ脱いでもおかしくない興奮を感じている。
互いが絡み合うように抱きついて、止められない。誰もいないことをいいことに、もうここは寝室みたいなもので…。

「はぁ、はぁ…。」
「●ちゃん…最高にやらしいわぁ。…ここはまだお外やで?それなのにもう限界なん?…硬派に見えてホンマはやらしい子やったんか。」

髪を掻き撫でる真島さんに捧げたかった。怪しい声を出す真島さんに自分から抱きついて求めると、彼は目を細める。

「いつも帰れ帰れっちゅう目を向けとる癖に今日はその気なんか?もう2度と部屋から出してもらえんようなエッチな目はムラムラするで。」
「きて、まじまさん。」
「ここで帰る男はおらんなぁ。…部屋、行くか。」

低い声、それは反則。私を支えながら歩く真島さんは別人みたいに渋くて落ち着いていてかっこよくて、大人の男。こんな人と今までいたなんて信じられない。私は肌けた服を手で隠しながら階段を登る。

暗い部屋に入るとどんな彼が見れるのか、愉しみで仕方なかった。



end

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