終わりよければすべてよし


視線を感じた●はさっと振り向くが、あたりを見渡しても誰もいない。んん?と目を細めて仕方なく前を向いて歩き出すが、雑踏の中で自分を追うようにコンクリートを踏む足音を感じる。
また、サッと振り向くけど、こちらを見てる人はいない。

(えー、やだ、ストーカー?…そうだ、交番行こう!)

●は足早に人混みを縫うように歩いた。
…その背中を電柱の陰からじっと見つめている人物がいた。
それは桐生一馬だった。

(何で俺は隠れているんだ?)

桐生一馬、それは●の元彼だ。2ヶ月前に別れたのだが、今日たまたま桐生は●の姿を見つけた。
元恋人とは何とも厄介な関係であって、気まずいような懐かしいような、話しかけたいような隠れたいような、半端な心持ちになる。
そんな桐生は彼女を隠れながらつける…いわばストーカーのような距離感で少しずつ近づいていた。

(これじゃあラチがあかねぇ。…別れ話は前向きな話し合いだったし、これからは友達としてよろしくやっていく話だったんだ。堂々と声をかけてもいいんじゃないか?)

細い電柱の陰に大きな体を隠しながら自問自答している桐生は意を決して顔をあげる。

(元カノ1人に何グズグズしてるんだ俺は。話しかけてやる、堂々と。)

ビシッと襟を正して姿が見えなくなった●を追いかけ、曲がり角を曲がると交番に駆け込む●が目に入り咄嗟に看板の影にしゃがみ込んだ。

(まずい、反射的に隠れちまった。)

気まずいし、後戻りができない。聞き耳を立てれば●が警官に"誰かにつけられているんです"と相談している声が聞こえる。
真面目な警察は不審者がいないから見回りしましょうと言い出し、●は交番に待機するように言われた。礼を言った●は交番へ入ったようだ。

「(まずい。警官が今の俺を見たら必ず怪し、)「ん?どうかされましたか?」…あ。」

顔をあげると警官が訝しげに見下ろしていた。桐生は焦り、咄嗟に胸に手を当てながら仮病を使った。

「今日は暑くて…少し気分が悪くてな。気にしないでくれ。」
「熱中症の初期症状かもしれません!クーラーの効いた交番で休んでいってください。」
「え?」

優しさ、正義感、使命感に燃えた新人警官は桐生の見た目を気にせずに労るように手を貸すと、●が待機してる交番に桐生を連れ込んだ。

「…あ、れ、一馬?…え?一馬がストーカー?」
「…い、いや。「おや、この方と知り合いですか?彼には熱中症の恐れがあったのでここで休んでもらうことになりました。お嬢さんの隣に座ってください。」

あれよあれよと桐生は元カノの隣に座る。●は気まずそうに鞄を抱き抱えながら桐生の隣に座っている。警官は不審者を捕まえるために出て行った。交番には玄関の向こうに1人の警官が立っているだけで、部屋の中には桐生たちしかいない。これは…気まずい。

「げ、元気か?」
「う、うん。一馬は気分悪いの?」
「ああ、大したことはねぇよ。」
「……ねぇ、私が何でここにいるか聞かないの?」
「え?」
「私、今、不審者につけられてて、って、…もう恋人でもないから、心配なんてしないよね…ごめんなさい。」
「(それが俺だと言えば安心するのか不安になるのかわからねぇな。)いや、俺でいいなら俺が守ってやる。」
「いいの?」
「ああ、任せろ。」
「よかった…!さっきから怖くて!」
「(すまん)なら、今夜お前のアパートまで送っていく。」

桐生は具合も良くなったと言って立ち上がると、警官に女は自分が守るといって2人で交番を後にした。


2人で歩くことが懐かしい。

ついこの間までこれが当たり前だったというのに、今は許可を取らないと隣を歩けなくなった。当たり前だが、恋人とはとても特別なポジションで、何であの時引き止めなかったのかと今更深く悔やんだ。

「やっぱり、」
「ん?」
「お前は俺がいないとダメな女だな。」
「え。」

夜空の下で言ったセリフ。別に貶している訳じゃない。寧ろ自分を強気で売り込んだセリフだった。言われた●は言葉に詰まって俯いた。そして、そっと頷くので桐生は隠していた想いを口にする。

「お前は俺には似合わない女だからといって身を引いたが、お前を守れるのは俺くらいだ。警官じゃねぇ、俺を頼れ(不審者は俺だが)。」
「でも、私はもう一馬の女じゃないし…っ。」
「寄りを戻せばいいだけだろ?また俺を受け入れればいい。俺はお前が好きだからな。」

●は顔を赤くして桐生に抱きつく。その小さな体を抱きしめると桐生はやっと一息ついた。

「(罪悪感を感じるが、これは黙っておいたほうがいいだろう。)これからもよろしくな。」
「うん!」

美声でうまくまとめたものの、その夜は嘘がバレないように必死に頭を回して取り繕っていた桐生を●は知る由もなかった。



end



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