彼女の前でだけカッコいい


酔った私は隣に座っていた真島さんの膝に頭を乗せた。甘えたいから。彼なら許してくれるから。あわよくば…と下心もあって触れていたら、真島さんは躊躇いながら私に手を伸ばし、頭を撫でてくれた。

「今日はよう飲んだのぉ。…でも、わし以外の男の前でこないに酔ったらあかん。食われるで?」
「真島さんは食わないの?」
「なんや、食われたいんか?」
「………。」

ぼうっと彼の顔を見上げると革の手袋が私の視界を覆う。ぽんぽんと目元をあやすように叩かれた。彼は今どんな顔をして、どこを見ているんだろう。でも、この心地いい手を退ける気はない。

「わしは食わんで。酔っとるお前は食わん。」
「他の女なら?」
「食ったやろうな。」
「えっ?何で?」

ぐいっと手を押し退けると彼は後ろ手を畳につきながら天井を見上げながら答える。

「お前とは一夜限りにしたくないからや。」
「…まじまさん。」
「大事なもんほど、他と扱いは変わる。そういうもんやろ。せやから、わしは酔い潰れたお前を抱かん。…ほれ、布団敷いたるから寝ろや。」

ゆっくり私の頭を畳に下ろすと彼は布団を敷いて玄関に向かう。寂しさがあったし、そばにいて欲しかったけど、今彼が帰る理由は誠実だから余計に好きになった。

「戸締りしっかりするんやで。」
「はい。…ねぇ、真島さん。」
「あん?…って!な、なんや!?」

ぎゅっと抱きついた。これならいいでしょ?と強引に抱きつくと真島さんは無言で私の頭をぽんぽんと撫でる。抱き返して欲しいのに、とギュッと抱きついたら、無言で彼の腕が私を抱きしめた。

「んん…おやすみなさい、真島さん。」
「おう。……、またな。」

ゆっくり離れると彼の手も私の動きに合わせるように離れる。真島さんの顔を見上げると、彼は渋くて甘い目を向けた後に潔く背を向ける。
片手をあげて出て行く真島さんを見送って、1人になった部屋に戻る。テレビ番組の声が流れていたので、そっと消してから、彼が座っていた畳を撫でた。
微かに残る香水の香りを嗅いだら嬉しくなった。

抱きついても拒まれなかった。大事と言われた。
今まで手が届きそうで届かない人に手が届いたのだから。

(ああ幸せ…夢なのかな…ふふ。)

私はバランスを崩しながら布団に潜った。
あんなにいい男はいない。
今度は、私も酒に逃げずに誘わなきゃ…。

ふふふと笑いながら、●は心地よい眠りについた。


ーーーーーー
一方その頃、


「はあああぁーーーー、耐えた、耐えたで桐生チャン!」
「兄さん、男見せたな。」
「死ぬかと思ったでぇ…!?なんや、反則やろ。酔って膝上に寝だしたと思ったら自分食えなんて…理性飛ぶところやったわ!はああぁーー!」

真島は桐生を呼び出して馴染みのバーで飲みなおしていた。下ネタを言おうとも真島は追い出されず、マスターもいつものことだと穏やかな顔をしてグラスを拭いている。

10分前の真島吾朗はあんなにクールでかっこよく●のアパートから立ち去ったものの、実は数グラムの理性で漢を保っていただけだった。
その悶々とした熱と掻き出された欲の発散に付き合わされている桐生は涼しい顔でウイスキーを飲む。

「だが、両思いなら誘いに応えても良かったじゃないのか?」
「いや、あかん。順序飛ばしてええのはどうでもええ女だけや。」

真島は頬杖をつきながらゆらゆらとグラスを揺らして宙を見つめる。その目は熱を孕んでおり、おそらく実現しなかった夜を頭の中に映像化しているのだろう。しかし、それでは性欲が増すだけ。

「桐生ちゃん、ビリヤードせんか?」
「突くのか。」
「せや!思い切りな。」
「……、いいぜ。」

2人は立ち上がってビリヤードを始めた。
その日の真島のショットは激しく、普段よりも力強さと技能が輝いていた。


「よっしゃっー!突いて突いて突きまくりやー!」
(兄さん、相当溜まってるな…。)


end


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