スマイルを注文する男たち


「いらっしゃいませ!ご注文をどうぞ!」
「スマイル下さい!」

本当にいるんだよ、こういう客…。
ハンバーガー店でバイトをしているとそんなことを言われた。その人は眼帯でヤクザの人なのに妙に声が高いから怖くない。

「……。」

仕方なく、にこっと笑うと

「なんかちゃうねんなぁ。」
「……。」
「せや、もっと楽しそうに笑ってみ!」
「すみませんが、後ろにもお客様がいらっしゃるので。」
「ややで!わしは自分が注文したもんが届かんうちにはここどかへんで!」
「…。……!」

女優になった気分で思い切りニッコリ笑ってみる。すると、

「合格や!ご馳走さん!」
「え?他には?」
「いらんで肉なんて。今腹一杯や。ほな、また来るで。」
「??」

本当にそれだけで去っていった。一体なんなんだあの変人は。は?という目で見送った後、彼の後ろで待っていた硬派な男性に挨拶をする。

「いらっしゃいませ!ご注文をどうぞ。」
「俺にも、スマイルをくれ。」

なんなんだ、今日の客。揃いも揃っておかしい男ばかり!だいたいこんなアホな注文考える店長も店長。めんどくさい客くるし、売上にもならないのに!

「…!」

ニッコリ笑うと彼はうーん、と顎に手を添えて悩む。また難癖を……?

「こう、自然体で頼む。」
「……。」
「悪くない。…ご馳走さん。」
「え!?他には?」
「いらねぇよ。じゃあな。」

2連続でスマイルだけ注文しにいった男たち。呆れながら見送ったが、何故か店の窓ガラス越しで2人が並んで話し合っている。

(もしかして、本部の偉い人間が客としてきて接待チェックしてた?うわ、それだと今の私の対応悪かったな……いや、でもそんなところ普通チェックする??)
ー わしに向けた笑顔の方が可愛かったで!
ー いや、兄さんに向ける笑顔は作りもんだ。俺の方が自然体でいい。
「……。」

この2人は間違いなく変態だ。店長に報告しておこう。あと、昼休みのネタとしてみんなに伝えておこう。まだ仕事が始まって2時間という時間なのに妙に疲れて、早く帰って好きな番組見てゴロゴロしたいなと思ってしまった。

そして、それから3日間。
あの2人はセットで来てはスマイルだけを注文してきた。その度アホらしいけれど撃退のための偽笑顔を向けると褒められ、満足して帰っていく。

(また来た、勘弁してー。顔引き攣る〜。)
「なぁ、あんたの笑顔を高く売れる仕事があるんだが。…うちの店にこねぇか?」
「うちの店?」
「ああ、キャバクラ「お断りします!!!」

このクールな方の人はまさかのキャバクラの店長。見た目に似合わず意外とソッチ系らしい。日給5万出すと言われても怖くて断固拒否した。

「て、店長呼びますよ!?」
「すまねぇ。そんなつもりじゃ…俺はただ、あんたの笑顔が可愛いと思って。いや、悪かった、もうさそわねぇよ。だから、機嫌なおして笑ってくれよ。」
「え?」
「俺はあんたの笑顔に惚れてんだ。だからこうして長い列並んで買いに来てるんだ。」

な、なんだろ。今の流れキュンとしてしまった。私はおずおずと笑うと彼はクスッと笑う。そして、またな、と言って出てった。
急な展開で驚いたけど、ちゃんと謝るし仲直りしようとするし…思えばいい声だし、彼にドキッとしてしまった。

(いやいや、何揺れてんのよ)

首を横に振って気晴らしに窓を見ると、でかいヤモリのように窓ガラスに張り付いてこちらを見てる眼帯の男がいた。やだこわい。
ニッコリ目と口を緩めて私を見つめてる。

(…だめだ。あの人はこんな変人とつるんでる男なんだからロクでもないに決まってる。)

私は黙ってブラインドを下げて仕事に戻る。
もう店長に言ってスマイルは売らないことにしよう。

◆ ◆

それから2日後、またあの硬派な男が来た。

「いつも以上のスマイルをくれ。」
「申し訳ありませんが、スマイルの販売は終わりました。」
「何?」
「…おじさん、スマイルでないの?」
(今女の子の声が)
「ああ、すまねぇな、遥。どうやらお前に見せてやれなかった。」

レジカウンターの下から顔を覗かせたのは小さな子だ。もしかして、お子さん?そうか、既婚か。指輪してないからわからなかった。

「おじさん、お姉さんの笑顔、すごく可愛いっていってたよ。」
「…………(子どもに言われると…なんか罪悪感が)。」
「また今度スマイルが販売されたら注文してやるからな。」
「次いつかな?」
「…………。」
「あ!お姉さん笑ってる!かわいい!」
「…………。」
「おお、1番可愛い笑顔だ。よかったな、遥。」
「うん!」

子どもはずるい。私は笑顔で2人を見送った後に複雑な気持ちになった。変態とか思ってたけど、家庭があってお子さんがいる人らしい。まぁ、顔も声もいいから奥さんくらいいるか。

「わしにもスマイルくれや!」
「……売り切れました。」
「あァン?何でや!差別や!」

眼帯の人も知らないうちに入店していたらしい。私は冷めた目で見つめると怒った目を向けられた。

「なんや、桐生チャンのこと好きなんか?」
「桐生ちゃん?」
「せや。桐生一馬や。」
「いえ、彼は妻子持ちみたいですし。」
「いや、あの子どもは桐生チャンの子やないで。まぁ、娘みたいなもんやろうけどな?」
「そう、なんですか…なんだ。」
「ほぉん?もしかして、狙っとるんか?」
「いや、そんなっ。」

ずいっと顔を寄せられて問い詰められるので、必死に否定した。彼にはドキッとしたけど恋まで至ってない。違う!というと、

「ほんなら、わしに惚れとけや。」
「え?あなた?」
「せや。わしはねえちゃんに惚れとるで。スマイル注文するのも惚れた子の笑顔を独り占めしたいからや。」
「な、もう、売りませんからね?」
「ええで。売りもんやない、ねえちゃんのほんまモンの笑顔、必ず見たるわ。わしに落ちたねえちゃんのかわええ笑顔をな。」
「!?」

真面目な声を出しながら、整った顔をレジよりも奥に…つまり、私の顔の真前に出すので顔が近くて焦る。目線を逸らそうと下に向けると彼の割れた腹筋に釘付けになる。いつもレジカウンターがあるから彼の体なんて見たことがなかったけど、この人すごい鍛えてるみたい。

(お、男の人なんだな…硬そう)
「わしは真島吾朗や。今年のクリスマスを一緒に過ごす男の名前や、覚えとき。」

自信に満ちた彼の声と口元にドキッとした。
…何でドキッとしちゃうんだろう。しかもこんな2人に!
私は頑なに言葉では反撃したものの、この変態2人がだんだん嫌いになれなくなっていき、スマイル販売を中止した案を出したことを後悔したのだった。



end


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