女は化ける


「●ちゃん、あんな男に騙されたらあかん!ええか?男絡みのことは先ずわしに相談するんやで?金かせとか、嘘ついとったり、音信不通になるような男は絶対あかん!」

真島は人のいないところを選んで●に言い聞かせていた。彼はサングラスをかけており、髪をきちっとオールバックにして束ねているので、外見から見たらその筋の人間とわかるのだが、声色はまるで心配する母親のよう。困っているような切ないような、絶妙な口調で●を諭すので●は素直に頷いた後で駄目な男に利用されていたと自覚して肩を落とした。

「なんか、ダメですね。私はもっと人を疑わなきゃ。馬鹿みたいに人を信じちゃって…でも、ちゃんと考えたから変な相手に尽くしていいように利用されてたんですね。馬鹿みたい。」
「●ちゃんみたいなええ子を狙うタチの悪い男が世の中にはおる。せやけど、もう大丈夫やろ。わしが見極めたる。」

真島は、任せとき、と心強い声で●に言うと傷心した●を励まそうとラーメン屋に向かった。

「美味いもん食うと元気出るやろ?」

ありきたりなのに、今言われると慰められている気持ちになった●は涙をぽろっとこぼす。その涙を見た真島は慌ててハンカチを取り出すと、頼むから泣き止んでや!とカウンター席で戸惑いの声をあげていた。
●はその日のラーメンの味と真島の七変化する声色が忘れられず、熱い思いが込み上げた。

それ以降、●はshineのキャバ嬢としていろんな男と出会うが、どうしても1人の男と彼らを比べていた。そして、その男がフォローのために席に顔を出すと、つい彼を見つめて仕事を忘れてしまう。
その瞬間を鋭い客は読み取り、オーナーのこと好きなんだね。俺失恋しちゃった、と酔った調子で●を困らせた。

(私は…やっぱり真島さんが好きなんだ…。)

認めたら怖くなる。気づけばどうしようもなくなり、ドキドキと簡単に胸が高鳴って行く。仕事から帰る時に彼から呼び止められないかなとか、彼が店を閉める頃にポケベルに連絡が入らないかなとか、何かしらアプローチがないかなと勝手に期待してはそんなことがない現実を知る。
それでも職場に行くことは彼に会うことなのでそれが楽しくなり、一言でも話したいと思う。

(片思いって奴だ。)

待ってるばかりでは都合のいいことなんて起きない。いや、自分が動いても何も起きないか断られてしまうだろう。臆病で自信がないのは、相手が真島吾朗だから。
彼はやっぱり他の男と違う。恋愛に目を向けるほど暇ではない。それに硬派で周りに女が多くても顔を緩ませることもない。今日も頑張るで!とお疲れさん!を繰り返して終わるのだ。

(もしかして、女の人に興味ないのかな?…いや、それはないか…。)

真島のことを考えてはいつも壁にぶち当たっていた●は少し疲れたので休憩をとっていた。店の屋上に出て見飽きた街を見下ろす。ここには考え事や悩みがある時によく来ていた。1人になれるし、狭くて静かで落ち着けるから。

(少し前までは元彼のこと考えていたのに。今は…、)

一階にいる男を考えて頬を赤らめる。無意識に彼の名前を口にしたら、何や?と背後から返事が聞こえて心臓がとまりかける。ひっ、と振り返ると真島が立ってジッと●を見下ろしていた。

「え!?いたんですか!?いつから!??」
「今や。●ちゃんが1人でポツンとおるから、今度は何悩んどるんやって思ってな。ほんだら、わしの名前を呼ぶから、何やって聞いたんや。」
「あ、ああ、あああ…っ。」
「え、な、何や!?ほんまに、どないしたん!?」

恥ずかしさに耐えかねてグッと柵を握り、飛び降りたい、と口走ると真島は、それはあかん!と叫んで●を抱きしめて柵から引き剥がした。真島の腕に抱かれた●は顔を赤くして暴れるが、真島は決して離さんと●を逃さず、生きてたらええこともある!わしが相談乗るから落ち着けや!、と必死に言葉をかけていた。

「わ、分かりましたから!離して!」
「そらあかん!今の●ちゃんは我を失っとるんや。きっと、大きなストレスか何かで、一時的に変になっとるんや!何するかわからん●ちゃんを離すわけにはいかへんで!」
(うう、吐息が、首に当たる!)

嬉しくて死んでもいいと言いたかった。こんな形であれ真島に背後から抱きしめられてる。この激しい抱擁は胸に刻み込みたい。背中に感じる厚い胸板も、吐息も、身長差も、暴れても解けない筋力も…。

「お、落ち着きましたからっ。「嘘つけ。耳まで真っ赤や。わしがええって言うまでこのままや。」
(恥ずかしくて、死ぬかもしれない)…はい。」
「んで、何があったんや?なんでも話してみ。」
(すごく優しい声)

話し合うために向き合って抱きしめられる。問いかけに対して本音を言うに言えないので、疲れてたと言ったら疑いの目を向けられた。

「わしは●ちゃんのこと、まぁまぁ理解しとるつもりやで。嘘かほんとか分かる。」
「…、じゃあ、あの、…真島さんのこと、考えてたら、名前呼んじゃって。」
「俺のこと?」
「……、考えてたんです。ずっと。」
「…!?…ん?…そ、それはー、そのー、つまり、その、」

鈍い真島でも流石に伝わったらしく、顔を赤くして腕の力を緩めたので●はその隙に離れようとすると余計に抱きしめられた。

「あ、あかん。」
「……、ごめんなさい。」
「あかんで。逃げるのは。男の心くすぐっといていい逃げなんてずるいやないか。今●ちゃんを逃したら、わしは…今日の仕事をみんな上の空でやってしまうで。」
「!?」

少し拗ねるような声に●は目を見開き、彼を見つめる。その顔は微かに頬を赤らめ、じっと責めるような目線の中にも期待が込められていた。

「それは、あの、嫌じゃないってことですか?」
「なんで嫌やて思うんや?わしは気にもならん女が屋上に向かっても後は追わんし、人の悩みにいちいち口出すほど暇でもないで。…●ちゃんやから関わりを持ちに行くや。」
「…それって!あの、私…期待してもいいんですか?」
「…お、おうっ。……ええで!」

●の声に押されて大きな声で押し返した真島は力んだ顔だった。●がじわじんと笑みを浮かべると真島は目を閉じて緊張を何とか耐える。彼の胸から伝わる鼓動はとても速く、●を喜ばせた。

「真島さん、私、真島さんのこと好きです。」
「わしもや。…わしなんかじゃあかんと思ってええ人間の顔しとったけど、ホンマはしょうもない男に取られたくなかった。…でも、ほんまにわしでええんか?わしは真っ当な人間やないで?」

元ヤクザである彼を思った●は少しだけ目線を落とした後にすぐに目線を上げた。

「私、強くなります。」
「…●ちゃん。」
「真島さんが心配しないような、強い女になります。隣にいれるように、強く。…いろんな男の人を見てきたけど、真島さんを超える人いませんから。…ずっとそばにいたい。」

真島に誓った●はまだまだ幼く、純粋で脆く弱かった。そんな女のままでいた方が幸せなんじゃないかと思った真島だが●と縁を切りたくはない。真島も●を守れる男になると誓い、2人は誰にも知られない狭い場所で長い抱擁を交わした。

ー ●ちゃんから逃げるのはもうやめや。俺はこの女は絶対守ったる。絶対に。

真島は抱きついてくる●を抱き返して、今はまだ弱い女を優しく包み込んだ。


end



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