始まりに過ぎない夜にする


「めっちゃジロジロ見られたわぁ、ややわぁ〜、セクハラちゃう?」
「ゴロ美ちゃん目立つからねぇ〜…っとわわ、あー、酔った…。」
「おう、大丈夫か?ほれ、背負ったるで。」
「ゴロ美ちゃん、パンツ丸見えよ。」
「ゴロ美サービスや!」

華金の夜、ゴロ美ちゃんと飲み回っては遊び、飲み回っては遊びを繰り返していたら、かなり酔ってしまった。電柱に片手をついて頭を抱えていたら、目の前にゴロ美ちゃんがしゃがんでくれて、ぴかーと眩いピンクの下着が顔を出す。
まぁ、いいかと思って背中に乗るとかなりゴツゴツした感触が広がった。背も高い方だから、私の視界はグッと上に上がって良い気分。まるで騎馬隊の上に立ったみたいに、彼女の視界はこんなにも高いのかと。金髪がふさふさして視界に躍るし、なかなか良い景色だった。

「ほんじゃ、バー行くで。」
「え?もう飲めないよー。」
「なんや、つまらんのぉ!もう一軒くらい付き合えや。逃さへんで。」

ズンズンと彼女は私を背負ったままバーへ。こんな来店の仕方初めて。先客はゴロ美ちゃんと私を見た瞬間さっと顔を逸らした。でも、マスターはにこやかな笑みで出迎えてくれる。できた店だ。

私たちは店の端のボックス席に座る。私は無難なカシオレを頼んだけど、ゴロ美ちゃんはスコッチを頼んでおり飲む気満々だ。つまみのチーズやナッツを頼んで他愛のない話をしていると、あっついのぅ、と言って彼女は胸元のジッパーを下げるから慌てて両手を添えて叱る。

「ば、ばか!女が胸開いてどうすんの!」
「ええやないの〜、みたいやつおるかもしれへんし。」
「ここはキャバクラじゃないんだってー!…って、あれ?もしかして酔ってる?」
「ああん?こないなもんで酔うかいな。ちーっとも酔っとらんで!」

多分酔ってる。ノリがいつも高いから見分けがつかないけれど、場所を弁える人なのに服脱ぎかけるなんておかしい。

「なんや、そないに見つめて。ゴロ美のこと抱きたいん?ああん、どないしよ〜。●ちゃんにならあげてもええかも?」
(酔ってる!)

テーブルに両肘をついて、顎の下で両手を重ねると試すように首をかしげた彼女。
彼女とは"友達"だった。どれだけ酒に酔おうとも、彼女が私の前で男になることはなく、ここまで来た。そう言う意味の遊び相手として扱われているんだと諦めていたのに。今日の彼女はとてもズルくて意地が悪い。

「ばーか。」
「あん?なんやと?」
「帰ろ。」

ピンと彼女の鼻先を指で弾く。立ち上がろうとすると彼女の強い力で手首を引かれて席に座らせられる。

「まだ飲んどらん。」

スコッチは半分残っている。それを飲み切るまで帰らないと言うので、飲むまで頬杖をつきながら待つけど一向に口にしない。

「どうしても帰らせたいんなら、これ、●ちゃん飲めや。」

こんな強いの飲めないよ、と言うと、ほんなら帰らん、とどかっと席に深く座ってしまう。そして、熱いのぉ、とジッパーをさらに下げるので私は思い切って酒を煽った。
一気に飲んだのは怒り任せだったのかもしれない。でも、そんなことしたら、酔っていた私がさらにどうなるのかなんて分かりきったこと。

それからの記憶は途切れ途切れだった。ゴロ美ちゃんに背負われてネオン街を移動したような、タクシーに乗ったような、視界が左右に揺れたり瞼が降りて真っ暗になったり、とそれを繰り返して、気づいた時には私の自宅の寝室に寝ていた。
ああ、と目を開けるとゴロ美ちゃんが私を見下ろしていた。枕が硬いと思ったら、なんとゴロ美ちゃんの膝枕。

「たまにはええやろ?」
「ごろ、みちゃん…?」

ここは電気がついてないのに、カーテンを開けてるから月の光が入ってきて彼女の輪郭がよく見える。

「なーんもしてへんから、安心せぇ。」

何もないと伝える彼女なのに、私をどかして出ていこうとはしない。まるで、このままゆったりとした時間をここで過ごそうとするかのように。私のそばにいたがっているかのように。
彼女は静かな瞳で私を見下ろしている。

「朝までいてくれるの?」
「朝までいて欲しいんか?ゴロ美は高くつくでぇ?」

ふざけたような言い方。私はゆるく笑うと彼女の頬に手を伸ばした。彼女は驚きもせず、その手を受けて私の目をじっとみている。

「いてほしいのに。」
「………。」
「安心するから。」
「……。」

返事が来ないから、諦めて目を閉じた。踏み込みすぎたのか、と痛みがツンと響くけど、泣くわけにはいかない。ただ、ごめんの意味で頬に添えていた手を退けると、その手が握られる。

「ええで。ゴロ美を満足させて見せんかい。」

え?と目を開けると抱き抱えられていた。彼の膝の上に座って、彼と向き合っている。彼に頭を抱えられ、背中に腕を回される。ゴロ美、と呼び掛ければその声はキスでかき消され、代わりに2人分の吐息や小さな喘ぎがしっとりと紡がれた。

「ゴロ美でも吾朗でも…今はお前のもんや。好きにしたらええ。」

余裕のない早口が嬉しい。私たちは今まで伏せていた熱情を相手に惜しみなくぶつけ、ねっとりと擦り合わせていく。私はゴロ美とも吾朗とも見えるそのシルエットに押し倒され、両手を握り合いながら何度も名前を呼んで甘える。

「朝が来たら、もう終わり?」
「●が望むんなら考えたる。今はまだ夜や。朝のことなんて考えんでええ。」
「だって、さっき、今はお前のもん、って言ったから…。」
「せや。それも間違っとらん。…明日の夜も、わしはお前に同じセリフを言うかもしれへん。わしが落ちるかどうかは●次第や」


私に挑発的な口づけが降り、何も考えられなくなった。ああ、ずるい。でも好き。気持ちいい。もう今はこのひとときに溺れてしまおう。

そして、朝が来たら次に繋げる気持ちで彼に思い切り手を伸ばそう。私の中ではその場限りなんていう切ない恋は望んでないんだから。


「もう離さないから…。」
「ええ度胸やないの…ゴロ美も吾朗も落とす気でこいや。…でも、今はわしがお前を落としたる。」


耳元で響く挑発。私は期待で震え、彼にしっかり抱きついた。そして、淫らな声を隠すために彼の首筋に噛み付いた。この声が聞きたかったら明日も誘えという意地を込めて。

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