モブからヒロインへ


「いらっしゃいませー!…ありがとうございましたー!」

私はコンビニ店員の●。この世界でいうモブキャラだ。ただコンビニのバイトを繰り返して生きてれば良い人生。それがつまらないこともあるけど、名前が付いているので、その分マシなモブキャラだ。

(しかし、…暇だなぁ。)

夜勤にバイトして、昼は大学。そればかりで全く変化がない。この世にはヒロインという、主要な人と苦楽を共にする女性がいる。波瀾万丈な人生を強いられる彼女らに比べれば平和で良いのかもしれないけど…。

(あ!あの人だ!)

最近の唯一の楽しみは1人の客。
夜の暇な時間帯に、高そうなスーツでカチッと決めて、オールバックで一つ髷してる男性が来てくれる。眼帯してるし、眼光鋭いので、人生が複雑な人なんだろう。

(この人と関われる人生が良かった。かっこいいし。)

彼をつい目で追う。彼がレジにカップ麺やおにぎりや栄養ドリンクを大量に買うので手際よくレジを打って商品を渡す時間が楽しい。

「ありがとうございましたー!」
「おう、おおきに。」

強面の顔とのギャップがすごい。結構優しい目をするし、柔らかな声も出してくれる。思わず手を振りそうになったけど、我慢して客として見送った。
ああ、素敵。超かっこい。

彼に惚れた私だけど、あんな大物と私じゃ釣り合わない。もっと可愛い顔で生まれたかった。
コンビニ終わって帰宅して、寝て、起きて、学校いって、また夜にコンビニいって…。
これで終わる人生なんてやだ!

このループを打破しようとその夜は思い切りネオン街に行ってみた。歩きながらあの人の姿を探していると、なんとパンツ一丁の変な男と彼がイヤらしい話をしていた。
肉食女子がいいとかアブノーマルがいいとかSMとか…。

(う、男の会話だ…)

電柱の柱に隠れて聞いてる私も最低だけど、…う、うーん…なぜこんな街の真ん中でそんな話を。というか、あの半裸坊主の変態男の方が私よりキャラ濃いとか…ムカつく!

(私なんて、コンビニ店員で、彼に話しかけられないタダの凡人)

ガッカリしていると知らぬ間に目の前に男が立っていた。それはなんと、あの人!

「ん?なんや。そないなところに隠れて、何かあったんか?って、嬢ちゃん、コンビニの?」
「あ!あああ、すみません!ちょっと、めまいがして!電柱に捕まってまして!」
「あ?病気か?ほれ、おぶったる。病院まで送ったるで。」
「え!」

ドキドキしてたじろぐ。彼は私の前でしゃがんで背中を見せている。断った方がいいんだろうけど、でも、このチャンスはもうない!

「アパートまで送ってもらってもいいですか?」
「おう。困った時はお互い様や。ほれ、乗りや。」

やった!と叫びたかったけど、ここは仮病を通さねば。私は彼の背中に乗ってアパートを教える。
彼の背中に乗れるなんて、ネオン街に出てよかった!

「嬢ちゃん、コンビニの夜勤ばっかやろ?体に悪いで。」
「ああ、はい、でも、大学があるので…どうしても夜になるんです。」
「そうかぁ…学費でも稼いどるんか?」
「そうですね。親に迷惑かけられないので(いや、あなたに会うために、ですが)。」

苦労話や世間話をしつつ彼と夜を過ごす。アパートが見えた時は悲しかったけど、彼の優しさを全面に受けた今日はもう幸せ。

「ありがとうございます!今度お礼を!」
「いや、気にせんでええ!ちゃんと休むんやで?辛かったら救急車呼んで助けてもらうんや。ええな?家に電話あるか?」
「はい!」

ほな、と見返りを求めずに夜の街に消えていく背中がかっこいい。胸が落ち着かずにほんとに死にそう。クールなのに優しいとか、ずるい。これが、主役の魅力。
心酔しながら部屋に戻るとその日は興奮で寝られなかった。


◆ ◆

前に聞いたことがある、時にモブであってもメインの人と深く関われる出来事があるらしいので、私ももしかしてそのフラグを回収したのではないかと思う。
だから、これからも彼と関われるかもしれない。

(また話せますように!少しでも仲良くできますように!こんな私でも!)

その願いを叶えるために神社に願掛けをしてみた。我ながら浅ましいけど、欲が出てしまう。片想いの相手ともっと仲良くなりたい!と両手を合わせて念じて神社を後にすると…、

「嬢ちゃん、奇遇やなぁ!体はもうええんか?」
「は!は、はい!おかげさまで!」
「若いのに神社にお参りなんて感心や。」

祈りが通じた!?私が神様を信じた瞬間だ。
彼も神社に用があるとのことで来たらしい。感心されたのも嬉しく、少し話して別れた。でも、彼のことをもう少し見てたいので近くの自販機で飲み物を買おうとするモブを装って立っていると、彼に近づくキャバクラ風の女が現れて彼と話し始めた。

(え、なんだあれ。)

採用、とかいっていて彼が運営するキャバクラで働いてもらうとかなんとか。女はすぐに彼と離れて彼もどこかに行った。

(あの人、キャバクラのオーナーなのかな?)

名前もわからない彼の素性が何となく見えてきた。そういう職業とは思わなかったから意外だった。それに素敵な女性が身近にいる人をこの凡人の私が落とすなんて到底できないんだろうな…。

(この片想い、叶いそうにないか…)

急に現れたあの女性はとても美しかったしな。

しゅんとしながらアパートに帰る。
この世界に気に入られた人とか生まれながら運のいい人とか注目されたりスポットライトに照らされて生きれる人を羨む。地味で目立つこともなく、誰かに必要とされるわけでもなく、存在してるのかしてないのか分からない存在って虚しい。
だるい手で家のドアを開け、夜までふて寝した。


ーーーーー

あれから5日経った。コンビニにはたまに彼が来てくれて、小話をすることはできたけどそれ以上のことはない。連絡先を聞かれることも電話番号が書かれた紙を握らされることも誘いもなし。…そんなもんか。現実って。

無理してまで夜勤を入れていた私はだんだん体も悪くなってきて大学を休む。怠いと寝転がりながらも夜のシフトは外したくないのはまだ諦めきれないから。

(…しんど。)

少し熱っぽい体でコンビニに行くけど、1時間程立っていると凄く気持ち悪くなった。でも、ここにはもう1人の店員と店長しかいない。その子は新人で後のことを任せられないし、夜中に代わってくれる人なんて滅多にいない。
店長だって月末で事務仕事大変そうだし。

(…ぅ、だるっ…待って、これマジで無理…せめて風邪薬…。)
「先輩、大丈夫ですか?なんか、顔色やばいですよ?」
「ああ、ちょっと…、」

ムカムカするし頭もズキズキする。
こうして迷惑かけるなんて馬鹿だなぁ、私。

今日はいいことがあるはず、今日こそあるはず、転機が欲しい、平凡な人生を変える日が欲しい、…そんな無い物ねだりをして体を壊すなんて。

「大丈夫なんか?」

入店した人が真っ直ぐレジに来たのでタバコか何かかと思ったらあの人だった。

「見るからに顔色悪いで。店長呼んで早退させてもらえや。またわしが送ったる。」
「いや、あの、「その方がいいですよ!僕の友達にコンビニでバイトしてる奴いるから、そいつに代わりに来てもらうように頼んできます!」

新人が電話を借りに行った。迷惑かけた。
好きな人からも心配というか呆れられてるし…。
なんてかっこ悪い。…だっさ。

それから早退できたし彼の背中におぶってもらったけど全然嬉しくなかった。
反省と後悔と恥ずかしさに静かにしていると彼は優しく声をかけてくれる。

「健康は最大の財産や。大事にせな、ここぞという時に動けんくなる。」
「本当そうです…反省してます。」
「まぁ、どうしても学費のために金がいるっちゅうんなら、わしの店で働くか?夜勤になるけど時給は高いし、休み休み働いてええんやで?仕事はキャバクラやけど、●ちゃんかわええから向いとると思う。妙な客来たらわしが叩き出したる。」
「わ、私の名前知ってるんですか?」
「おう。あの新人から聞いたで。名前わからんと不便やろ?わしは真島や、宜しくな。」

キャバクラなんて初めて。普通なら断るけど、彼の店に働けるなら、怖いけど、頑張りたい。彼に頑張ってる姿を見てもらって褒められたい。

「ま、とりあえず、まずは健康にならんとな。メシはあるんか?薬は?」

彼はすごく気が利いて優しくしてくれる。アパートの中には入らなかったけど、彼と別れる時にポケベルの番号を教えてもらった。

(…こんな凄い日になるなんて。最悪な日だと少し前まで思ってたのに。)
「何かあったら連絡してええで。」
(人生何が起こるか分かんない…。)

頭を下げたら頭をポンっと軽く叩かれた。私は顔を赤らめて彼を見つめる。彼は私を見て小さく笑うと、ほなな、と言ってから、またな、と付け足した。

ネオン街に溶けていく彼の背中に見惚れる。ただのコンビニ店員だった私が彼の近くに咲くチャンスを手に入れたことが夢のよう。

「今からでも頑張れば、ヒロインになれるかな?」

番号を交換したポケベルをぎゅっと握りしめて、遠くにある明るい街を見つめた。そこはまだ足を踏み込んだことのない未知の世界で平凡な私には縁がなかったはずの場所。やっぱり少し怖い。でも、私はこれからその世界で頑張りたい。
地味な自分はもうやめたかった。


「…頑張ろう…!」



end


ALICE+