最初の買い物


無言で差し出された贈り物の箱。それを見てから差し出した相手を見上げるといつもより緊張した片目がこちらを見据えている。

「とりあえず、開けてみ。」

私のリアクションに困ったのか首裏を掻きながら促す。ゆっくりリボンを解いて中身を見ると革製の財布が出てきた。色はベージュで柔らかな色合い。私好みだから微笑むと彼は安堵の息を小さく吐く。

「誕生日はまだだよ?」
「せやな。」
「クリスマスも終わったよ?」
「やからや。クリスマスやっちゅうのに、わしは何もしてやれんかった。ほんまは一緒におりたかったけど、オーナーのわしが抜けるわけにもいかん。」

知ってる。耳にタコだもん。
バレンタインとかクリスマスとか年末とか肝心な日に彼はいない。この度のクリスマスだって彼を困らせると分かってダメ元で聞いて、その結果お互い暗い気持ちになった。ああ、やっちゃった、という後悔ともう終わりかなという諦めを感じるクリスマス。

彼を好きになるほど遠く感じて、我慢することが多くて我慢し切れずに我儘を口にしてしまう。こんなんじゃダメなのに、会いたいと伝えたくて電話をしてしまう。

付き合えたからって終わりじゃないし何の保証もない。私のせいでダメになったと思ってクリスマスプレゼントは買わなかった。それからも連絡はしなかったし相手からも来なかった。

だから、今日ドアを開けて彼が立っていたのに驚いた。片手には彼には不釣り合いなプレゼントがあって、それは私たちは何も終わってない証。

「吾朗から大事にされてるんだと思った。」
「あほ。大事や。当たり前やろ。」

ピンっと鼻先を指で弾かれて目を細めると彼はふっと笑って身をかがめる。私が目を細めるとそれはキスの合図。触れ合うキスを交わしてから、もらった財布を見つめる。

「大事にしてくれるか?…わしが一緒におれん時、わしやと思って。」
「もちろん。でも、やっぱり本人がいいな。年末も会えないでしょ?」
「すまんな…。」

また言わなくていいことを言ってしまった。そして、彼の口から謝罪が決まって紡がれる。

「ほんでも年始はあいとる。年末の仕事を終えたらすぐに帰るから、わしに合鍵くれんか?」
「合鍵?」
「おう。わしだって●からのクリスマスプレゼント貰っとらんから、ええやろ?」

ええって言えや、と私の鼻先をまた弾く彼に笑う。分かったよ、というと彼はポリポリと頬を掻きながら顔を逸らす。

「これで入りたい放題やな…。」
「なんか言った?」
「え?いや、何もあらへん!気合入れて仕事行ってくるで!」
「良いお年をね。」
「…年明ける前に電話するわ。」
「え?でも、いつもは電話も出来ないって。」
「年末くらい大目に見てもらうわ。一緒におれんけど、声くらい聞きたい。求めとるんはわしも同じや。」
「なら…吾郎の声、待ってる。」
「おう。」

最後にもう一度キスを交わしてから彼の出勤する背中を見送る。アパートの階段を降りた彼は振り向いて私に片手をあげる。いってらっしゃいと口だけでいうと、彼は口だけでおうと返事してネオン街に歩いて行った。

彼が見えなくなってから、もう一度私は財布を見つめた。女性物の財布をあんな強面の男が真剣に選んでくれたと思うと嬉しい。
そこにお金を詰めて初めて買うものは何か決めてる。私たちを結びつける合鍵だった。


end

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