女王様の誕生


(あれは一体なんや…。)

公園を通り過ぎた時、真島の片目には奇妙な人物が映り、思わず二度見した。

(女王様がおる。)

ベンチにうなだれるように座っている女性は20代で美人なのだが、その恰好はショッキングピンクのレザーボンテージに赤いハイヒール、さらに棘のついたレディースチョーカーという、どこからどう見ても女王様であり、公園にいてはいけない存在である。

「わぁ、あの人すごーい」
「何で首輪つけてるのかなぁ?」
「あかん!子どもがみたらあかん!ほれ、帰った帰った」

教育上悪いと思って公園に遊んでいた子どもたちを追い払うと真島は彼女に声を掛ける。

「そないな格好で公園って、嬢ちゃん、何があったんや?」
「え?ああ、私ですか?」
「せや。その、どっからどう見ても女王様やろ?正直その恰好でこんなところに居ったらようないで」
「…うぅ、居場所がない…」
「え?な、何泣いとるんや!?う、すまん!別に邪魔とかそういうんやない!ただ、子どももおる公園やからどうかと思っての!?」

急に泣き出した女性に慌ててフォローをいれ、隣に座って何があったのか聞くと…。

「私、女王様になりたくてSMクラブで働くことにしたんですが、全然女王様じゃないって言われちゃって…言葉遣いは丁寧だし、怖くないし、可愛すぎて迫力ないし、…クレームが入って指名も入らなくなって、もうこの仕事続けられるかギリギリのところで…この仕事を無くしたら、もうどこに行けばいいのか」
「いやいや、他にもええ仕事あるやろ!」
「ダメなんです!私はこの仕事をしたくてしたくて今まで頑張ってきたんです!こんなに堂々と出来て、いじめてほしい人の願いをかなえられて、気高くて、かっこいい女なんて他にどこにいるっていうですか!?」
「ああ、ええ、せ、せやぁ、まぁ、そういわれると他の仕事で客に鞭打ったり罵倒したらあかんし、まぁ、この仕事が一番適性やろな。…んでも、向いてないんやろ?見るからにかわええし、いじめっ子って感じはないし。」
「…はぁ、どうしたら…どうしたら、まず、セリフも出てこないんです。だってお客様のこと豚とかゲスとか言ったら絶対失礼じゃないですか。でも、お客様っていったら“違う!“って言われちゃうし、怒って帰るし。」
「まぁ、客はそれを求めて来とるわけやしな。自分が人前では決して言えんM気を満たすために金を握って店に来るんやし、それに応えなあかん。客が何を求めて来とるかを理解して、欲しいもんを提供する。それが客商売やっとる人間の心構えや」
「!」
「女王様の気高さ、S気、魅力はそんな人間を満たすために存在しとる。そんな女になりたいのにこんなところで弱気になってたらあかん!」
「!!」

自分もいろいろな客を見ているわけで、あほくさいと思っても客に気持ち良くなって帰ってもらわないといけないと思っている。そんなことを語ると彼女は真島の手を取って頼み込んできた。

「お、お願いです!私を立派な女王様にしてください!レクチャーしてください!」
「はぁあ!?何でわしが!?」
「あなたなら女王の何たるかを知っているような気がするんです!私にアドバイスをください!練習に付き合ってください!私を女王にしてください!」

必死な彼女の願いを振り切れず、よくわからないけれどその場で頷いた真島に彼女は奮い立つ。そして、なんとこの場でSM講座(ロールプレイ形式)が始まった。


「えっと、じゃぁ、…今日はよろしく頼むで、じょ、女王様」
「お願いします!」
「…いやいや、ちゃうやろ。女王様が頭下げてどないすんねん。女王様はもっとどんと構えんと」
「えっと。じゃぁ、その、例えばどういえばいいんですか?」
「せやな。まぁ、今日も懲りないわね、この豚が!とか、人間の言葉をしゃべってんじゃないわよ、この変態が!とかがええやろ。多分。」
「いいですね!…じゃぁ、豚が人間の言葉をしゃべってんじゃないわよ、この変人が!」
「(…若干アドバイスしたセリフと違うんやけど…)…す、すみません。で、今日はどういじめてくれるんですか?」
「えっと…何をされたいんだい!?」
「(ここはいっちょ変態っぽくいくか!)…恥ずかしい格好をさせられたいです」
「えっ……「いや!本気にすんなや!!演技や演技!!」

絶対今本気にして引いとったやろ!と真島は怒ると「すみません!!」と頭を下げるので、真島は厳しく指摘する。

「ほれ、そこや!!謝ったらあかん!」
「いや、でも、私が悪いですよ?」
「女王様は自分の間違いを決して認めん!ええか?不意を突かれても驚いても女王様の自分を無くしたらプロになれへん、いつまでもや!何があっても自分の思い描く女王様であるっちゅう信念をもって過ごさなあかん。客は女王様がただの嬢ちゃんに戻る瞬間をみるとせっかく興奮してきたもんが全て消えてまう。それは失礼やで」
「すみま…、ふん!いうじゃないか。だったらご褒美に恥ずかしい思いをたくさんさせてやるわ!野外で服をはぎとられてみんなに見られて悶える変態なんでしょう?ほら脱ぎな!」
「え?」
「…と、こんな感じでしょうか?」
「おぉう、今のめちゃええで!ホンマに脱がされるかとハラハラしたわぁ。おう、ええ感じや!これなら明日はうまくいくで〜。」
「ありがとうございました。少し自信が持てた気がします。…今からお礼をしたいので、一度店に来てもらえませんか?」
「気にすんなや。別にお礼何てええで。」
「私の言うことが聞けないっていうの!?」
「すみません…。」

女王様と本性のスパンが短くなってきた彼女に謝り、彼女の店についた。彼女のプレイルームに彼女の私物があるので、そこまでついていくと…。

「●ちゃん!指名入ったよ!今お客さんいくから!さ、こちらです!」
「え!?もう!?」
「どわわっ!」

客の男性の声がプレイルームに迫っており、真島は慌てて部屋の隅にあるカーテンの裏にしゃがんで隠れた。

(SMのプレイを盗み聞きするなんて趣味ないんやけどなぁ…。でも、客きとるし、迷惑かけるわけにも問題おこすわけにもアカン。彼女はクビになるかどうかの瀬戸際やし。)

真島が息を潜めていると客が入ってきて甘ったれた声を出す。

「●ちゃぁん、今日こそ罵ってくれるよねぇ?」
「…人間の言葉をしゃべってんじゃないわよ、この髭豚が!」
「え…、はわわ〜〜!す、すみませぇん!私は豚です〜」

客の男にMスイッチが入ったらしく、急に声が上ずり、服従のセリフが出てくる。真島は初めてSMのプレイを耳にしていたが、なんだかこっちまで恥ずかしくなるような、呆れるようなMに染まったデレデレの声がハァハァ音と共に部屋に広がる。そんな変態に対してぶれることなくS発言で打ち返す●は急激に成長したらしい。

「まず床を舐めながら一周しなさない。汚いけつを高く上げて豚のように鼻を擦りながら歩くの。良いわね?そのくらい出来るわよねぇ?」
(おお、パンチの効いた命令や。わしなら絶対無理やけど…あの男やるんか?)
「はぁあい、私は豚です…女王様の言いなりです、もう何でもお申し付けを!!」
(ああいう類のおっさん、女王様にしか扱えん代物やで…。…こんな世界があるんやな。まぁ、人の性癖は人それぞれやし、幸せならいいか。)

体育座りをしたまま二人のプレイを聞いていた真島は30分後にやっと客が帰ったのでカーテン裏から出てきた。

「気迫が伝わってきたで。あのおっさん、大満足やろうな」
「ふぅ、次も指名してくれるようです。あなたのお陰です!ほんとうにありがとうございました!これで憧れの女に近づけた気がします!!」
「応援しとるで!」
「それで、お礼なんですが…その、講座料ということで」
「いや、気持ちだけでもええんやで?駆け出しやし、まだお金ないんやろ?」
「でも、」
「それに●ちゃんがお客さん悦ばせた働きぶりを見ただけでも十分や。人の成長ほど価値のあるもんはないで」
「!」
「ほな、頑張るんやで」
「…っ、これは…鞭で打たれた衝撃。…あの、SMは興味ないんですよね?」
「せやなぁ、アブノーマルプレイは特に趣味やないなぁ。急にどないしたん?」
「…、い、いつか、私の前で跪きたくなるような女王様になってみせます!」
「おもろいのぅ。おう、楽しみにしとるで。」



End

生まれたての女王は憧れの女性に一歩近づいた。次は憧れの男性に近づくための努力を始めたとか。


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