さよなら浮遊感、こんにちは重量感


「そないにわしを止めたかったら、力づくで止めてみぃや!」

常識が通用しない男・真島吾朗。彼はしたいことをやり、誰かが決めたルールには耳をかさず、自分以上に強いものでなければいうことを聞かない。

そんなぶっ飛んだ生き方を貫く彼を私なんかが抑えることはできず、文字通り押し倒されてしまった。

「寝取りっちゅう言葉知らんのか?」

目を細めて緩い三角形のような目をする。少しいやらしくてずる賢い妖しい目。細身な癖に力だけは強くて、暴れても私の手首を床に押し倒したまま動かない。

彼に襲われ、私の頭の中に二人の男が天秤に置かれて揺れた。付き合っているのかいないのか分からない曖昧な男とギラついた目で飛びかかってきた狂犬。


ー ●ちゃん、このままやと都合よく扱われて都合よく捨てられるだけやで。
ー 何がええんや、そないな男。
ー はぁ?他に男おらんから取り敢えず好きやぁ?なんやそれ。ほんまに好きっていうか?

5日前、真島さんに何となく一緒にいる男のことを相談して愚痴ったら私がアホなだけやと逆に怒られた。そして、

ー ほんならわしでええやろ。

と言われた。唖然とした私に構わず、真島さんはヤンキー座りのまま続ける。

ー ●ちゃんのこと気に入っとるで。いや、好きや。●ちゃんに男がおるから身をひいとったけど、そんな半端な気持ちでおるんやったらわしでええやろ。ホンマもんの愛を教えたる。

直球ストレートな愛といつにない低音に大きく心揺れた。でも、一歩踏み出せずに「待ってください!」と手で制した。彼は聞き分けよく、その夜は私を見送って明るい街へ消えていった。

そして、5日後の今日までに私ができたことといえば…何もない。
これは私の悪い癖だ。
私は肝心なことを曖昧に濁して逃げてしまう。付き合ってくださいとも言えず、ごめんなさいとも言えず。自分がこうしたいというものがなかなか決まらなくていつもいつも何も決断しないで逃げる。今の男とだって、こんなんだからだから続いている。
この間、真島さんからのメールの返信はすごく遅くしたし、着信はわざと無視して後でメールで詫びて用件を聞いた。

決断できない私は自分の周りを変えようとしない。だから、いきなり世界を変えてくるような彼がすごく早い動きに見えて、彼にのれなくて、失礼を顧みずにだまって距離をとってしまう。

そんな私に呆れて彼は立ち去ればいい。立ち去って当たり前だ。…そう思っていたのに、仕事おわりにアパートに戻ると部屋の前でタバコを咥えた彼がいた。片手をポケットに入れて片足を緩く曲げ、私の部屋のドアに背を預けていた。

ー 遅かったのぉ。

何を、とは言わない。今朝受信した彼からのメールの返信がまだのことか。私の返答か。それを含めた全てのことか。

彼はタバコを揉み消して私を見つめる。すごく真剣でいつもより大きな存在に見えた。まるで戦いを挑む狼みたいな重く勇んだ存在。
私は怒られるんだと思って身をこわばらせたけど、彼は足元に置いておいたコンビニ袋を拾って揺らす。パンやおにぎりやお菓子や酒と…ずっしりといろいろなものが入っている。

ー 吾朗ちゃんの奢りや。最近忙しいんやろ?メールの返事も遅いし、行きつけの店にもちっとも来んし。忙しくともちゃんと食べなあかんで。

その優しさが苦しい。無視してるのに心配してくれるなんて。どんだけお人好しなの。今朝来たメールの返事ひとつする時間くらい本当はあるのに…。
申し訳なさに俯き、近づいてコンビニ袋を受け取ろうとするとスッとコンビニ袋が遠ざかる。

ー 部屋に入ってええか?ちょっと話そうや。

その通りだ。
真島さんが待っている返事を伝えなきゃ。答えを用意していないけれど、私はこれ以上自分の都合で彼の時間を取れない。
その申し訳なさから部屋に招き入れ、二人でご飯や酒を口にした。そして、それらが前座だったかのようにいよいよ本題に入った。この時、私は何の答えもないこと、そんな人間であること、だから立ち去って欲しいことを告げた。

ー なんちゅー斬新な振り方や。

彼から呆れ声が出て緊張感が漂っていた空気が緩み拍子抜けする。でも、そうだ。私は呆れられて当然なんだから。真剣に向き合うほどの女じゃないんだから。

ー けど、ま。わしはこのままじゃ帰らへんで。わしはまだ●ちゃんに拒まれたわけやないしのぉ。


と言った彼にいきなり押し倒され、冒頭のシーンに戻る。完全に読めなかった彼の行動。頭が真っ白になったし、抵抗してみたけど結局止めることはできず、私は真島さんのハイペースに巻き込まれた。
でも、抱かれながら「好きや」「わしでええって言えや…」と甘いセリフを何度も耳に吹き込まれ、陶酔感に心地よさを覚えた。そして、だんだん受け入れたくなり、最後まで行為をし、最終的にはベッドの上で彼と並んで横になっていた。

「二股は許さへんで。まぁ、こんな肌で男と会ったら即バレるやろうけどな。」

肌に残された多くの痕はもう自分だけの体ではない証。こんなふうにめちゃくちゃにマーキングをされたのは初めてで、やっと私は誰かに掴まれたんだと実感した。

今までふわふわ浮いたように生きていた私。あっちに揺れてこっちに揺れて…結局誰からもがっしりと抱きしめられたことはない。抱きしめたことも。
どこにも執着できないまま生きてた私は孤独だった。

だから、こんな風に激しく求められ、撃ち落とされ、やっと人から愛されたんだと思えた。まるで肉食動物に襲われたような強烈な重量感…あれはすごく嬉しかった。私しかみてない飢えた彼が見えたから。

ー ドックンー

(これ、いいかも。)

ー ドクンドクン…ー

(押さえつけられるほど求められるって…重くて…いい気持ち)

彼が私に与えた刺激は私を変えていく。
苦しく切ないほど自分を縛りつけて踏み潰して欲しい。互いの体を縫い合わせて無理やり共にあるような、熱烈な執着を知り、私は急激に彼を求め始めた。

「●ちゃん、第二ラウンドいこか。」
「朝までしてみたいです。」
「おぉ?ええでええで…すっかりノッてきよった。」


end

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