手を握って


(あ。あの人、また違う女性と歩いてる。)

最近私は特徴的な男性をよく目にするので彼を見かけると自然と目が行くようになった。その人は眼帯をしていて長髪で常にスーツを着ていてビシッとした強面の人だった。まぁ、多分、そっち系の人という印象。モテるのかわからないけど若い女性とよく街へ出かけている。

で、これも本当に本当に偶然なんだけども、私が外食をしていた時に隣の席に彼らが座ったことがあった。
彼は独特な話し方だったしオカンで心配性な部分がみえた。見た目と性格は結構ギャップがあった。
それとガードが固い人だなって思った。女性の方が明らかに彼に気が合うのに「わしみたいな男やのうて、もっとええ男を探さなあかん」と諭している。女性と出歩く割にその固さは意外だなぁって思った。


あと、これも偶然なんだけど、私がタクシーを待っている時に私の前で彼が酔っている女性と並んでいた。
私から見たら彼女は狙って彼に寄りかかった。彼は相手が倒れたと思って抱きとめて、彼女を立たせたらすぐに手を離した。また彼女が擦り寄ろうとすると「あかんで。そうやって恋人でもない男に寄るのは」とオカン気質を発揮した。
つまり、彼は女性の体に極力触れないようにしている。それが紳士的でいいと思う。

(もしかして恋人いるのかな?だからガード固い?いや、でも、それなら何人もの女性とデートしないよね?一体どういう人なの?ただ女性と食事したり飲んでるだけ?…ていうか、そもそも性欲ない??)

何故か他人なのに彼を見かける頻度が多いので自然とあれこれ考えてしまう。彼は私のことを知らないし気づいてもないけど、私は彼がどんな人なのか日に日に気になっていた。


(今夜もまた女性と出歩いて泣かせてるのかな。)


私は傍観者のように彼を知り、直接関わることはなかった。私たちはそういう縁だと思っていたある日のこと。

私は曲がり角を曲がった時にばったりと彼と出会した。見知った顔を見て思わず「あ」と言ってしまった。彼は見ず知らずの私にまるで知り合いを見つけたかのように声をかけられたので驚いて立ち止まる。

「わしとどこかで会ったか?」
「あっ、ああ〜、いえ!知り合いに似てたのでつい!」
「わしに似た知り合いなんておるんか?!…って、姉ちゃん、堅気か?それとも…「堅気です!!…何もないので!じゃあ!」

サッと彼の横を通り過ぎる。やっぱり彼は極道の人だった。前から知っていたとはいえ実際に喋ると緊張する。

(あーびっくりした!)

この時はお互いが偶然出会したもののこれ以上のことはないと思っていた。あっても偶然私が見かける程度だろうと。

そして、あれから7日後。
喫茶店に入ると店の真ん中の席に彼と女性が話していた。真ん中だから避けようがない。彼の背後に回る角度に座ろうとそそくさと隅の席に向かっているとメニューから顔を上げた彼がこちらを見た。とても気まずい。私は目を向けずに気づかないふりをして通り過ぎたけど、ガン見されたのであれは絶対私の顔を覚えていた反応だ。
しかも、彼の後ろ側の席に座る私を気にするように肩越しに覗いてきた。

(き…気まずい…何故みる)

気を紛らわすために注文をしてからカバンに入ってた文庫を広げてそちらの世界に逃げる。けど、本の内容は全く入らず少し遠くから聞こえる彼らの会話に注意がいく。
その間にも彼が何となくこちらを振り向いて様子を見てきた。
こんな時に限って注文したものが来ない。頼む、早くきて。気まずいよ。

「よし、ほんじゃ今日もお疲れ。わしが払っとくから、アイちゃん先帰ってええで。」
「え?真島さんは帰らないの?」
「ちょっと用があってのぉ。」
「…食事してからも一緒に過ごせると期待してたのに…。」
「すまんの。また仕事で会おうやないか。」

甘えたい彼女は真島と呼ばれた彼の手を握ろうとしたが彼はさりげなく手を引いて懐から財布を出す。
本当にボディタッチを避ける人なんだ…。もしかして女に興味ないのかな?うーん、わからない。

と、考えていたら会計を終えた真島さんが女の子と別れると何故かこちらに向かって歩いてきた。色んな意味でドキドキする。怒られるのかな…。

「姉ちゃん、前にも会ったのぉ。」
「え!?」
「忘れたとは言わせへんで。わしに似た知り合いがおるんやろ?」

そう言いながら私と向き合うように椅子に座る。ビクビクする私をじっと見てから彼は声を落とし、顔に影を落として言った。

「わしを監視しとるんか?どこの組の回しもんや。」
「!???」
「それともほんまに偶然なんか?」
「偶然です偶然です!!行く先々であなたを見ますが何も謀ってませんよ!」

青ざめた私を見て信じたようだ。「な〜んや〜、悪かったのぉ!」と急に柔和な顔になり、「怖がらせた詫びとして何でも奢ったる!」と気前よくメニューを見せる。

「って、わしを何度も見とるんか?」
「何故かあなたと行く場所が合うんです。だいたい女性といる時に…。ほんとにたまたまなんですよ?この前もばったり鉢合わせるし。」
「ほ〜ん。偶然っちゅうのはオモロイもんやな。」

最初の気迫は何処へやら。彼はとても話しやすかった。

彼は真島吾朗というらしい。名前を聞いてもピンときてない私を見て本当に監視役ではないと分かりホッとすると私のことを色々聞いてきた。
彼はとても聞き上手なので接客業でもしているのか聞いたらキャバレーの支配人だとか。だからあんなに可愛い子と食事しているのかと納得。
自分たちの話をしていたら私の食事が終わり、結局私の分の注文を全て払ってくれた。

別れ際は「気をつけて帰り〜」と気さくに挨拶される。
本当に不思議な人だった。敵と味方の線引きがすごいというか。嗅ぎ分けているって感じ。それに不思議な魅力があって、また話せたらいいのにと思ってしまう人だった。


◆ ◆

あれから6日後。
自販機の前で何を飲もうか悩んでいたら、

「●ちゃん、仕事帰りか?」
「わ!真島さん!」
「ヒヒ。ホンマに偶然やのによく会うのぉ。」
「でも、私はあの日から今日まで真島さんを見ませんでしたよ?」
「いや、わしが見とった。●ちゃんがコンビニから出てくるのを見たし本屋に入るのもみたで。わしは仕事に向かう途中やったから声かけへんかったけど。」
「わあ…そうなんですか…。」
「今なら声かけれるって思ってかけに来たで〜。」
「っ…な、なんか可愛いですね。」
「おおん?わしがかわええ?何ゆうとんの?かわええっちゅうのは●ちゃんのこと言うんやで。」

唖然とした。この人は天然キラーだ。下心ゼロでこんなことを言ってしまう。だからだ。だから、女の子たちは彼にときめく。でも、彼にはそんな気がないから断るんだ。そして今日も涙を拭く女性が…。

「そういうの駄目ですよ」

ビシッと言ってやった。「何がや?」と言う彼に理由付きで言ってやると頭をかきながら「気ィつけるわ」と。

「真島さんだって可愛い子からカッコいいとか素敵と言われたら相手のこと気にかけたりするでしょ?」
「それは社交辞令として受け取るからのぉ…。まぁ、でも、本気にする真面目な子もおるやろうし気ィつけるわ。」

素直な人なのもずるい。相手が正しい発言をしたならきっと相手が子どもでも何でも言葉を素直に受け入れるんだろう。
こんな不思議な人、他にいない。嫌なところが一つもないなんてずるいな。

それからも狙ってもないのに彼と出くわしたり、声をかけられることは絶えなかった。
私たちはいつしか気さくな友人のような2人になった。この関係の変化が少し怖い。期待しちゃいけないとガードを固くしながらも誘いは断りたくない。嬉しいのに疲れていく。そんな感じ。

今日は夕食に誘われたので焼肉屋にいく。色気のない店だから彼にそんな気がないのは分かってる。
店では「もっと食わんと」といって皿に肉を乗せる彼は相変わらずオカンだったし、私に向ける目はイヤらしさが全くない。彼はこういう人なんだと心がほぐれて癒されるのもまた自分の思いに気づくきっかけになる…。

「美味しかった。牛タンは外せないね。」
「せやな!今度は4皿頼むで!」
「…ふふ。」
「家どこや?送るで。」

ほろ酔い気分で家の方へ歩き出す。今日は楽しかった、カルビも良かった、塩もいいけど味噌ダレもいい、と話しながら歩いていたらグイッと手を引かれた。

「まっすぐ歩かんと。」
「ああ、ごめん。」

ふと、酔っ払いの女性が彼に抱き止められた時のことを思い出した。彼は明らかに触れるのを避けたり控えていた。彼は恋人でもない相手を触るのがイヤなんだ。なのに今は手を握られて誘導するように引っ張っている。私の面倒をみるために。

「大丈夫っ。ちゃんと歩くから、手、離して大丈夫。」

酔いが少しだけ覚めたからビシッと背を伸ばしていうけど、

「全然大丈夫そうには見えんで。ほら、行くで。公園の近くやろ?」

彼がそのまま私の手を繋いだのは5分くらい。彼にその気はなくても他の女性よりも彼に触れた時間が長かったから独りよがりの優越感を感じてた。

「ほな、ええ夢見るんやで。」
「おやすみなさい、真島さん。」
「…なぁ、」
「ん?」
「次、いつ空いとるん?」


◆ ◆

それから私たちの間に「偶然」というものが減った。私たちは次に会う約束をしたから。だからって付き合ってるわけじゃないからこの関係は何とも言えないし、私と会わない時は若い子とあってるのかと思うと複雑にもなる。
でも、こうして会えるだけでも嬉しいし、欲張るのはよくない。

「ここなら酒が強い●ちゃんでも流石に酔える酒があるやろ?」

今夜は真島さんおすすめのバーでウィスキーを傾けながら静かに話す。彼は相当強いので彼が酔い潰れることはない。私は迷惑をかけたくないからかそこそこ酔うくらいにしておこうと思っていたけど、キャバレーの支配人は酒の勧め方がうまい。無理に飲ませるよりも飲んでみようといって人気の酒を選んで試すように注文する。どれも美味しいので一通り飲んでしまい、結局は結構酔ってしまった。

「ああ、ごめん…なさ、い。」
「気分悪うないか?」
「それは平気…あたたかくて…いい気分。」

バーを出る頃は真島さんに背負われていた。彼の上着をかけられて心地いい。彼は私を気にかけながら私のアパートまで歩いてくれる。

酔っていると怖いものがなくなり、無防備で楽観的になれる。雲で月が翳っていてもその月が綺麗に見えるし、電池切れでチカチカ眩しいだけの蛍光灯もオシャレに見える。彼に対しても大胆になれた。

「真島さんはさ、女性に触らないようにしてたよね。」
「せやなぁ。恋人でもないなら触らんな。」
「触られたくない?」
「相手によるで。」
「…私は?」

シラフなら絶対聞かない質問。彼の答えや態度によっては今後の関係に亀裂が入るほどの繊細な問いかけだから。でも、いつかハッキリさせないと私は傷つく。だから、酔い潰れて頭と心が麻痺している無敵状態の今聞いた。

「アパートついたで。」

明らかにかわされた。そして、これが答えだと分かった時、心の中で大きく息を吐いた。でも大丈夫、今は悲しくない。今は頭が馬鹿になってるからショックもない。アルコールに感謝した。

「ありがとう。」

部屋のドアの前で下ろされる。彼の方を見ないで鍵を取り出して部屋を開ける。

「おやすみ。」

短い挨拶をして次の約束はしない。振り向かずにドアを閉めようとすると彼の手がドアノブを握る私の手を握ってドアが閉まるのを阻んだ。私が振り向くよりも早く彼は私を抱きしめたので私は動けない。

「下心もなくて●ちゃんをここまで潰さへんで。」

うわ、と感動で声を漏らす。難攻不落の彼が私をおとそうとした?本当に?私でいいの?確かめるように振り向くと彼は静かな瞳で私を見つめて返事を待っている。
月の白い光に照らされる彼はまさに一匹狼みたいなクールさがある。誰にも戯れ付かないし寄ってきてもそれ以上の触れ合いは禁止するような厳しさがあるのに今は私を包み込んでいる。
嬉しい…と抱きしめて、私は一歩ずつ後ろに下がる。彼は一歩ずつ進んで部屋に入り、後ろ手でドアを閉めた。

「狭い部屋だけど…。」
「2人しか使わへん。ちょうどええ広さや。」
「こっちに来て手を握って…私に触れて。」

部屋に上がった彼は夜でも全てを映しているかのような鋭い片目で私に近づく。両手を伸ばすと彼も手を伸ばして指を絡ませあった。
そうか…彼は甘い雰囲気を作らないんだ。寧ろこんな時は研ぎ澄まされて凛とした男らしさを放っていて真剣さを伝えてくる。私と見つめ合う彼はとても真面目で緊張感を与えてきた。

「もう他の女と歩いて欲しくない。」
「当たり前や。誘われてもちゃんと断るで。」
「真島さんが好きで誘った子はいないの?」
「1人もおらへん。みんなキャバ嬢になりたい子たちで接客の練習のための付き添いやった。わし以外に練習台がおらんから今度見つけなあかん。」
「良かった。…本当は真島さんと付き合いたいってずっと思ってた。」
「多分、わしの方が先やったで。」
「え?いつから?」
「自販機前で叱られた時からや。オモロイのにしっかりしとる子やって思っての。それから●ちゃんを食事に誘ったけど、わしから個人的に飯に誘うのは●ちゃんが初めてや。そりゃ、もちろん惚れたからや。」
「じゃあ、たくさん触ってくれる?」
「お、おうっ。当たり前や!…で、その。どこ触られたいん?」
「う、うーん…。」

急に間の抜けた流れに…どこと言われても…。
困ったけど、彼に手を伸ばして避けられた女性を思い出した。せめて手だけでも触れさせて!とねだられる場所なんだろう。
でも、手であっても私だけのものであってほしい。
私は繋がったままの彼の手にキスをすると彼はゾワワッと震えた。

「手であっても他の女の子に触らせちゃダメ。」
「おう。●ちゃんだけのもんや。」

約束するかのように手を握られる。私も握り返したり、緩く擦り合わせたり、重ね合わせる。

「そんなにわしの手が好きなら、手、握ったまま、しよか。」
「うん。」

手を握ったまま私とベッドの上で向き合った彼。ペロッと唇から出た彼の舌にドキッとした。


end



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