立場逆転



「あら、可愛い。真島くん。照れてるー!」
「なっ、かわええわけないやろ!勘弁してや!」

真島くんが照れたので可愛いと言ったらもっと照れて嫌たがりだした。揶揄うのはもうよそうと思うし、そろそろ帰ろうと思って時計を見たらいい時間。店員さんに勘定を頼むと彼はグラスを傾ける。

「ん?もう帰るんか?」
「あ、真島くんは飲んでていいんだよ?私はもう帰るだけだから。」
「1人にすんなや。俺も別に人まっとるわけやない。送るわ。あ、その金、俺が払うで。俺のも勘定頼むわ。」
「何それ、素敵。…でも、高いよ?それに真島くんの方が年下だし。」
「こないな額大したことあらへん。女に支払わせる男があるかいな。」

真島くんはグランドの支配人だけある。サラッとうまく女性を扱い、不愉快さを残さない。それを狙ってやってる風でもないから彼は好意を持たれやすいものの、それに気遣いのもの彼の特徴だった。

「明日早いんか?」
「いや、昼ごろからの仕事。」
「ならまだ帰るのは早いんやないか?」
「真島くん揶揄い過ぎて仕返しきそうだったから逃げたの。」
「なんやねん、俺がそないなことするかいな。…ま、そないやったら揶揄った罰としてカラオケ付き合ってや。」
「へ!?」
「ヒヒっ。ええやろ?最近ちーっとも俺に会うてくれへんかったやん。忙しい言うて実は他の連中と飲んでたんのも、みーんな耳に入っとるんやで。」
「な、何ですと…!」
「ほれほれ!こっちやで〜。方向音痴なんやから、案内したるわ。」
「ちょ、私の故郷なんだから流石にカラオケの場所くらいわかるわっ。」

酔ってることもあるし、久しぶりにバーで再会したこともあってか、今日の真島くんはやたら元気で機嫌がいい。そんなところは新鮮だし、他の子達の前ではあまり見せない顔に思える。彼は年下の子や頼りない子を見ると自分が守ろうとするしリードするしっかり者だから。
だからか、年上の私を前にすると少しだけ少年のように軽くて無邪気な一面を曝け出してくれる。

「そんなに急ぐと転ぶよ〜。」
「転ぶわけないやろ〜。」

本当に楽しそうでこっちが笑ってしまう。彼とカラオケに着くとドアノブを引いて数歩下がり、わざと恭しく頭を下げてくれた。
あなたの店じゃないんでしょ〜。と突っ込むと、ニッと犬歯を見せて笑う。かなり意地の悪い目つきを向けてきたけれど、見なかったことにした。

カラオケではボックス席を選び、真島大解放だった。ノリノリで声高いし、合いの手の時の勢いに笑って私の点数は下がった。

「ははっ、ちょっと黙って!歌えないって!」
「マイクかせや!手本みせたるわ!」
「わぁー!?待て待て!」

ヒャハハ!と笑いながら私の手からマイクを奪おうとする真島くんはなかなかハイティションだ。負けずにマイクを握って歌おうとすれば互いの顔が近づいて私は慌てて引く。それさえも楽しいとばかりに彼はサビを歌いきってしまった。

「このーっ!いいところをー!」
「悔しかったらマイクを譲らんことやで!」
「めちゃ楽しんでるしっ、1人で!」
「何やて?●は爆笑してまともに歌えてないやんけ!」
「アイヤーなんていう意味不明な合いの手が飛んでくるから!」

あははは、と笑って無駄に汗をかく私ら。途中でドリンクを持って入ってきた店員はかなりアウェイだった。そんな馬鹿みたいな時間に学生時代を思い出しながら、ドリンクを飲むためにソファーに座る。真島くんも隣に座って焼酎を飲みながら得点版をみた。

「5、52点…。」
「わしが助けての52やで。」
「いや、あなたに妨害されての52。でも楽しかったから私の中では100点だ。」
「俺もや。こんなに笑ったんはいつぶりやろ。」
「ほー?」
「誰かさんが知らんうちに長期出張いくわ、帰ってきても何も連絡よこさんわ。他の男とは飲んどるわ。もう何に笑えっちゅうねん。笑えんわ。」
「寂しかったの?」
「はぁっ!?な、なわけあるかい!子どもやあるまい。別にお前が一月おらんくても大して何も変わらへん。毎日仕事仕事や。」
「でも今日私をバーで見つけた時、すごい勢いで駆け寄ったよね。まるで留守番してた犬みたいに尻尾振って。」
「誰が犬やん!尻尾なんてあるかいな!あほか!」
「あるくせに。」
「俺を何やと思っとるんや。全く。」
「可愛い弟。合いの手の達人。」
「後者はともかく…弟はないやろ。」
「じゃあ近所の子。」
「ない!俺を馬鹿にしとるんか?」
「ムキになるところが年下だなぁって。」
「…むっ。」

眉間の皺がたくさん寄った真島くんは黙って焼酎を一気に飲んだ。

「やからか?」
「ん?」
「せやから、年上の男と飲んどったんか?お前、年上の方が好きやもんな。」
「いや、そうじゃないよ…ただ知り合いが年上揃いってだけで…。」
「俺、お前の前では確かにアホになるわ。話してておもろいし、ノリええし、俺の中のアホな部分を引き出してまうんや。お陰でいっつもガキみたいに騒いでるところしか見せられへん。」
「急にどうしたの。なんか、雰囲気違うよ?」

声がまともになって背筋を伸ばして座ってる真島くんは真面目になると風格がでる。顔も歳のわりには上に見えるし、真剣になると私よりも遥かに上に見える。

「い、いいんじゃない?私は真島くんとの話は楽しいし!年上相手だと気を遣うし、こんなにばかになれないもん。私は好きだよ。」
「でも、…、」
「ん?」
「…、連絡せんかったやろ。俺はまだまだってことやんか。」
「?…それは、真島くんはあのキャバレーの支配人なんだし忙しいじゃない?なんだかキャバクラの支配人も兼任してるって聞いたから、それは…ね?」
「いや、まぁ忙しいのは確かやけど、時間くらい作れるで?…というか、お前が俺に遠慮してたんか?それは予想外の答えやったわ。」
「君は私を何だと思ってる。」

私よりも忙しい人を誘うほど無神経じゃない…。と付け足してから、そんなに連絡を待ってた彼に笑って喜ぶ。

「うん、でもうれしい。私はしばらくは出張ないから連絡するよ。いい時にまた遊ぼう!」
「お、おう!」
「…あー、素直な返事。かわい。頭撫でたいわ。」
「はぁ?何やねん!俺はお前の弟やないで!…いつになったら…それ卒業出来るんや。俺は、弟やなくて男やで。」
「知ってるよ。髪長いけど男だもんね?」
「……、腹立つわ。…少しは、意識せぇや。…俺は、男としてみられたいんや。」
「えっ?」

真島くんの真面目な目から訴えられたことがやっとわかった。私は目を丸くして、今までの会話は戯れでもなく、雰囲気作りのノリでもないことに気づいてビックリする。

「気づくの遅いんとちゃうか。」

責める声はすごく低くて、男を感じる。私は急に隣に座ってる真島くんが男の人に思えて固まった。

「何とか言えや。」
「…あ、あは、いや、そんな、…あれ、私はノリのいい奴だから、軽い言葉の掛け合いをしてくれてたのかと思って…でも、全部本気?」
「せや。…いや、一つだけ嘘ついた。…さっき否定したけど寂しかったで。いや、悔しかったんや。俺はまだ気にも止められとらんかったと知ってな。」
「…っ、…。そうか。…ごめん。私は恋愛得意じゃなくて疎くて…。」
「知っとる。どこをどうしたらそうなるんやろなってくらい、恋愛のレの字もない女やからの。でも、そないなお前に知らんうちに惚れたんや。」

話しながら両肩を掴まれた。真島くんは私より座高が高くて、迫るような勢いだったからドキドキしてくる。

「あ、ありがとう…その、考えてみる!弟じゃなくて、男として!」
「俺も男として認められるように本気で行くから覚悟しとけや。早く惚れんかったこと、後悔させたるで。」
「!?」

フッと余裕たっぷりに笑った彼、こんな顔するんだ…と初めてみるその顔にギャップを感じる。…だって、いつも私に揶揄われて焦ったり困ったり怒ってみたり、かと思えば一緒に騒いだり冗談言ったり笑ったりふざけたり。

「何だろ。真島くんのそういう顔好きかも。…その男らしい顔。」
「それなら、早う俺の女にならんとな。たくさん見せたるで。俺の女にだけ向ける顔を。」

あ…今のセリフ…すき、と顔を上げたら、彼の顔はすぐそこで。もう勝利を確信した鋭い瞳は静かに閉じられ、私は彼と唇を重ねていた。

「んっ!?」
「お前の女の顔、楽しみやわ。今から見せてもらうで。」
「なっ…き、キザ!」
「あたっ!…ったぁ〜、ええ雰囲気の所で頸に手刀落とすってどういう反応やねん。俺がホンマにここで落ちたらどないんすんねん!」

パッと離れてカクテルを仰ぐ。

「ほぉ〜?動揺しとるんやなぁ。はぁ、お前のことときめかせたらその都度暴力振られそうや〜。大変やわぁ。」

テーブルに頬杖をついて笑いかける彼。私を揶揄い始めるなんて、なんだか立場逆転してる。そんな余裕の顔で見ていたのは私のはずなのに、口元が緩んで目も細められているその完璧な笑顔を見ているのは悔しいのに、嫌じゃないっていうもどかしい感覚に落ちてしまった。


「ヒヒっ、こっからは立場逆転やぁ!」


end

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