同伴者にご注意


今日は真島さんと映画に来ていた。
ずっと見たかった実話に基づくヒューマンドラマで最初から引き込まれる映画だったのだけども、真島さんはこういう映画に興味ないかも知れないと思ってふと横の真島さんを見たら、

…寝てた。

腕を広げて椅子の背に垂れ下げたまま、顔がこてんと此方の方に垂れている。大きなスクリーンの光に照らされる真島さんの寝顔は可愛い。
いつもハイティションで目をギラギラさせてる人が静かに寝てるだけでかなり新鮮。…あ、口が開いてる、と観察しながらも映画を見ていた。本当は映画の後で映画について語りたいと思っていたから残念ではあるけど、いつも目の周りにクマがある人だし、こんな時くらい寝てもらいたいとも思う。

「ぅん?」

映画の中盤まで行ったところで突然真島さんは顔をあげて目を覚ます。ボヤッとした目で大きなスクリーンから差し込む強烈な光と音に眉を顰めると、私を見た。

「寝とったんか、わし。」
「みたいです。」
「寝とるわしになんかしたか?」
「してませんっ。」
「…ん、なんやねんこの男、誰や。…あ?あのうるさい女死んだんか?」
「この男は序盤で出てきましたよ。真島さんったらほぼ最初から寝てたんですね。」
「…あかん、もう話わからん。」

ぐーっと長い腕を伸ばして、宙を見る真島さんは完全に映画に興味なし。私は続きは気になるけど、真島さんがこんな感じならもういいかと思って出るか聞いた。

「はぁ?なに言うてん。お前が見たい映画なんやから最後まで見とき。」

彼は目を細めると、いきなり私の方へもたれかかる。私の肩に頬を預けると、

「映画の楽しみ方は人それぞれや。わしはお前を枕にして寝させてもらうわ。」

すごい近くに真島さんがいるものだから、それ以降はほぼ映画に集中出来ずに残りの時間を過ごした。

ーー

「よぉー寝たでぇ!頭スッキリや〜!」

映画館に出てきてこんなことを元気に言う人は初めて見たけど、まぁ、真島さんが良ければいいや。

「私も楽しかったです。」
「どんな映画やったん?」
「ナイショです。」
「何やねんそれ。ま、わしは最初から寝とったから、なーんも分からんけどなぁ。…お?」
「ん?」

映画館を出て数歩して彼は立ち止まる。何をそんなに見てるかと思えば、いわゆるホラー映画のポスターの前で目をギラつかせて狂った笑みを浮かべていた。…なんだろ、嫌な予感がする。

「のぉ、●、もういっぺん映画みんか?今度はこれや!」
「えっ。ほ、ホラーですよね?ぅわー、和風ホラーは…ちょっとぉ。」
「よっしゃ、お前の反応も楽しみやし、いっちょ行こか!」

真島さんに肩を抱かれながら来た道を戻り、再び映画館にいった。

ーー
「イッヒヒヒ!サイコーや!!今の死に方、ごっつえぐいのぉ〜。」

狂犬スイッチが入った真島さんは真ん中の特等席から終始楽そうに笑っている。貸切のため他に誰もいない映画館はむしろ怖かった。いや、隣の男の笑い方が一番怖い。

「うう。うぅ。」
「お前、なに幽霊みたいな声出しとんのや。」
「いやー、和風ホラーいやーっ。」
「ヒャッハハ!ほれ!なんか出よるでぇ!目開いてみときぃ。」
「ううぅーーっ。…わぎゃーー!!?」

見たくないので目を閉じて音だけ聞いていると、いきなり肩をガシ!っと掴まれる。思わず悲鳴を上げながら椅子から落ちた。

「今のええ反応やでぇ!びびって漏らしとらんか?ヒヒッ!」
「ま、真島さん!のバカ!」

私の肩をいきなり握って驚かす真島さんに涙目で睨むのにそれが楽しいと言うギラギラスマイルを向けてくる。私は真島さんから二つ分離れた席に着いたら、真島さんに捕まって戻されてしまった。

「怖かったらわしの方見とれ。」

真島さんが顔を寄せる。怖さと何かに頼りたい気持ちでいっぱいの私は彼の腕に腕を絡めて片目で映画を見た。途中で真島さんがわざと体を揺らして私を驚かせるから、彼の腕をぎゅっとつねってやる。
真島さんは終始ご機嫌でこの映画を見終えた。

「はー!おもろい!映画はこうこなあかん!」
「…はぁー。」

…あんな、おぞましい映画もう二度と見たくない。今夜寝られるのか不安すぎる。…エンドロールの後も怖く、無意識に彼の腕に抱きついていたら彼が耳元で聞いてきた。

「お?なんや?誘っとるんか?」
「なっ…、違います!こわくて!」
「今日は一人で寝られんやろなぁ。お前の家は和式やし、もしかしたらおるかもしれんで?」
「何がですかーっ!」
「添い寝したろか?さっきよぅ寝たから朝まで幽霊が出ぇへんか見とったるで?どやねん?んん〜?」

私は困り眉で見上げてこの悪魔みたいな男の誘いに対する答えに迷う。…お化けの恐怖か、この男の恐怖か。

「真島さん…、一緒にいて。」
「よっしゃ!ええで!ほな、帰ろか。」

意気揚々と彼は立ち上がる。本当はこれが狙いだったのでは?と恨めしい気持ちで真島さんを睨むけれど、それでも私はあのフルスクリーンで浮かんだ女の真っ黒い瞳や骨張った指先を思い出すと彼に朝までいてほしかった。


end

「ま、真島さん、後ろから…こう、抱きしめててください。」
「後ろからでも前からでもしたるで。」
「な、何変な言い方してるんですかっ!…と、とりあえず、背中守ってください!隙間ないように!」
「ほんまにホラーダメな女やなぁ。おもろいでぇ。よし、来週はゾンビ映画でも見に行ったろやないか!決まりや。」
「…えっ!絶対にいきません!」
「ほんなら他の女と行ったらええんか?」
「…い、いやだ。」
「かわええやっちゃのぉ。ほれー、守護神ゴローちゃんに体寄せやぁ。…はぁ、この小さい背中たまらんのぅ。よぉ眠れそうやわ。おやすみやで〜…。」
「え!?守ってくれるって、」
「ぐぅ…、ぐぅー…」
「寝たし!?…え、どうしよう。こわいよ、おきてよ、朝まで起きてるって言ったのに!この嘘つき!」

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