コンビニ店員は恋をした


ヒィ、と店員の私に絡む柄の悪いチンピラに顔をしかめていると、ちょお待てや。と一人の男の人がレジ前に近づいてきた。

「何やおっさん!」
「はぁ?俺はまだ24歳や。ピチピチや!」

眼帯をつけている24歳のお兄さんが臆せずに2人のチンピラに向かって進み出る。手には"美味しい美味しいカップ麺"と"雑誌(サブタイトルはモテるために欠かせないこと12箇条)"を持っており、さりげなくレジカウンターに置いた。

「期間限定のキャラクターマグカップがないからって、このネエちゃんに文句言ってもしゃあないやろ。そんなに欲しいんなら、もっと早く来るか他のとこ梯子して探さんかい。」
「はぁあ?これで8軒目やぞ?品薄のコンビニに文句言って何が悪いじゃ!」
「だからってこのネエちゃんに文句言ったら商品棚からマグカップが出てくるんか?」

すごい正論を極道顔負けの凄み顔で言うものだから、不思議な感じになる。ただ、チンピラもチンピラでそんなことを素直に聞くわけでもなく、何だかんだで店の前で喧嘩が始まってしまった。他のお客さんも怖がってさっさと出て行っちゃうし、私は何をしていたらいいのか分からずとりあえず誰も客のいないコンビニのレジカウンターで突っ立っていた。すると、外で悲鳴が2人分聞こえて、24歳の人が戻ってきた。

「はぁー、世も末やで。マグカップないだけでキレるなんて、どういう教育受けとるんや、全く。」
「あ、あの!ありがとうございました!」
「おう。ネエちゃんも大変やったな。あんな客よう来るんか?」
「まぁ、態度のでかい…ああ、失礼しました。それなりの人は夜中に多いですね。特に女の私が店員だと。」
「ほぉ、男おらんのか?」
「いるといえばいるのですが…、お兄さんみたいに強そうな方はいませんね…深夜だし、学生くらいかな?」
「あんなのが来ると安心してバイト出来んやろなぁ。…ま、俺が暇な時に見にきたるわ。水曜日の深夜にバイトなんか?」
「あ、はいそうです!…って、え、いいんですか!?」
「任せとき。俺もよぉこのコンビニに来るし、あんなのがいちいち居ったら気分が悪いんや。」

彼は、真島さんと言うらしい。なんていい人なんだろうと思ってお礼を言った。そして、カップ麺と雑誌をお会計して別れを告げた。

それからと言うもの、彼は本当に水曜日の深夜に来てくれた。夜勤ということで仕事終わりに夕飯を買いに来るらしい。たまに、真島さんが来る前にめんどくさい客が来るけれど、そんな時は相手の特徴を覚えて真島さんに相談するとその後その客は二度とこのコンビニに来なくなるジンクスが生まれた。

「今日もありがとうございました!」
「ええんやで。…って、●ちゃんは何時にあがりなんや?もう2時やろ。」
「ああ、もうこれで終わりです。次のバイトさんが来ましたし交代ですね。」
「そうか。ほんなら、送ってくで。夜中の女の一人歩きは危ないで。」

真島さんは肉まんとあんまんを買って、コンビニの前で待っていると言って出て行った。私は急いで着替えると、彼の元へ向かう。

「ほれ、お疲れさん。どっちがええんや?」

さっき買った肉まんとあんまんを選ばせてくれる。なんて良い人なの…。じわっと笑みが溢れて、あんまんを選んだ。

「真島さんはどうしてそんなに優しいんですか?」
「優しいか?ああー、なんやろ。困っとる子を見ると放っとけないんや。」

彼は肉まんを食べながら私に合わせて歩いている。
真島さんは不思議な人だ。睨めばかなり怖いし、喧嘩も並の強さじゃないし、でも穏やかで純粋で優しい。こんな人は初めて出会うと思ってじっと見ていると、

「な、なんやねん、急に。どないしたん、人の顔ジロジロ見て。なんかついとるんか?」
「え!あ、ごめんなさいっ。ジロジロっていうか、そのー…、いや、何でもないです。」
「…なんや、見惚れたんか?」
「な!」
「冗談やで。ヒヒ。」

彼はどこか楽しそうに笑う。そういう遊び心というか、可愛い面もあるなんて…私は彼のことが好きになってしまうのも時間の問題だった。

ーーー
「はーー。」

今日は水曜日なのに、私はバイトに行かなかった。
急に交代してくれと言われて違う女の子が入ったから。
深夜2時になると彼のことを思い出す。きっと、真面目だから今夜も来てくれてたんだろうな。そして、どうしたんだろ?今夜はその子に話しかけてるのかな?私の代わりの子にも同じように優しするのかな?
そう思うと、すごく羨ましくなった。

(…今週は、会えなかったなぁ。)

ごろんと部屋で転がって、無駄に長く起きてる理由に気づく。

(会いたかったなぁ。彼に。)

やばい、好きになってる。
でも、私はただのバイトだし歳も離れてるし。
好きになっても叶わらないのに。最近よくドキドキして、水曜日が楽しみで仕方ない。

「はぁー。私ちょろいな…。あんなに優しくてカッコよくて強い人ならライバルしかいないだろうし、もう相手いるかもだし…。」

ぶつぶつ独り言を言って虚しくなる。

「告ってもフラれるだろうし、でもこのまま黙ってるのも…うう、辛っ。」

その日から私は恋心に気づき、彼と会うことが逆に苦痛になっていった。

ーー
「顔が暗いけどどないしたんや?もしかして、変なやつに目ェつけられとるんか?」

翌週の水曜日に私は彼を意識してしまって口数が減り、よそよそしい態度になってしまった。本当は嬉しいのに。苦しい。
勘の鋭い彼はすぐにそれを聞いてくる。私は彼に嘘をつくのも、気持ちを隠すのも辛くて、悩んだ末に終わらせることにした。

「あの、真島さん、…その、もう大丈夫なんです。」
「何がや?」
「その、変なのももうこないし、…真島さんが真面目に水曜日に来なくても、全然大丈夫なんですっ。だから、その、もう私のためにここまでしなくていいです。」
「なんや急に。…俺は別に無理してきとるわけやないで。俺が来たくて来とるんや。あかんか?」
「あ、いや。」
「…ほんとのこと言ったらええで。」

嘘なんて通じない真島さんは足を止めて私の顔を真剣な顔で見た。ドキドキしすぎて死にそうだ。ああ、数秒後には私は失恋して泣いてる。それを、覚悟して、いうことにした。

「真島さんのこと好きになったから、もう会いたくないんです。」
「は、え、何やて?どういうことやねん!?」

すごく驚いてる真島さん。私は何で二回も言わなきゃいけないの、と泣きそうになりながら、もう一度言う。

「…真島さんのこと好きになったけど、叶わないので…会うのが辛いんです。」
「……。」
「だから、もう、いいんです。」
「ほんなら、…今日で最後やな。」
「…、…はい。ありがとうございました。」

真島さんは真面目な顔で私にいう。
私は思ったより辛くて、心が冷え込んでいった。泣かなかったのは、泣けなかっただけで、彼とは目も合わせずに、頭を下げてさっさと1人で帰宅した。

もちろん、家では泣いた。ただ、その失恋の仕方がすごく冷たくて、あっさりしてて、本当はもっと優しい言葉でさよならされると思ってたのに、と…それがまたショックでつらかった。

ーー

あんなに楽しみだった水曜日が、嫌で悲しい曜日になった。だるくて嫌なバイト。行きたくない。でも行かなきゃ。

バイトは人もあまりいなく、暇だった。
暇だとそれだけ彼のことを考えてしまう。フラれた時の彼の顔は真面目で、ブレなくて…、何度か他の切り出し方もできたんじゃないかって思うけれど、それは難しい。
それか、私が我慢して今日も彼と一緒に帰宅できたら…と後悔した。それは、それで、楽しかったのかな?とか思ってみたり。

とにかく、めちゃくちゃだった。気持ちも考えも、全部が納得いかない。でも、考えても過去は変わらないし…、過ぎて仕舞えば忘れる恋だと思って自分を励ます。

(…あ、もう終わりだ。)

考え込んでいたせいでバイトが知らないうちに終わった。2時だけど、もちろん彼は来ない。当たり前だったけど、虚しかった。 …いや、来ても顔見たら辛くなるし…もう、真島さんだって会いにこないだろう。
上がろうとした時に、客が入ってくる。客はまっすぐレジに向かって来て私を呼び止めるかのように話しかけた。

「22番のタバコくれや。」

その声は1週間ぶりの真島さんだった。
びっくりして一瞬固まったけれど、彼は真面目な顔でそこに立っている。慌ててタバコを取ってレジを打ってお釣りを渡すと、手首ごと握られた。

「店の前で待っとるで。」

それだけ言って彼は出ていく。私はドキッとしたし、怖くもあった。会いたいのに会いたくない。そんな、ごちゃごちゃした気持ちに包まれながら、でも、結局は嬉しかった。もう会えないと思っていたから。

急いで着替えて店から出ると、一服している真島さんが私に振り向く。

「行こか。」
「…あの、」
「ん?腹減っとるのなら、飯でも食いにいくか?」
「え?真島さん?」

何を言われてるのか分からなくて、ぽかんと立っていたら、真島さんは私の前に来てゴホンっと咳払いをする。

「もうお友達やない。今日からは恋人として帰るんや。」
「…、え。」
「あかんか?俺のこと好きなんやろ?せやったら、俺はそれに応えるで。」

夢かと思った。でも嬉しくてふにゃっと眉を下げて涙ぐむと彼は慌てた。

「どぉっ!?な、なんやねん!?もしかしても、もう新しい男でも出来たんか!?」
「ちがっ、…うれしくて!」
「…な、なんやかわええやっちゃな。…周りに誰もおらんし…ほれ、胸かしたる。」

ギュッと抱きしめられる。彼の細くて、でも硬い体が優しく私を包み込む。私は嬉しくて抱きしめ返すと、彼は笑っていた。

「…まじまさぁん…好きです。」
「くすぐったいのぉ。…あの告白から真剣に考えたんや。これからも●と会って、もっと話したいって思うてな?俺はこれからじっくり●にハマっていくから楽しみにしとるんで?これからよろしく頼むで。」
「はっ、はい!」
「っ!その笑顔…反則やないか?」

好きな人に抱きしめられるなんて夢かと思う。
彼に抱きしめられてすごく幸せを感じた。人目もないしと思ってしばらく彼に抱きついていると、彼の胸から早い脈が伝わってくる。

「その…飯はいらんのか?飯がいらんのなら…もっと別のところに行くか?」
「え?」
「っい、いや!今のナシや!流石に性急過ぎたわ。と、とりあえず!飯行こか!な!?」

いつもクールな真島さんは何故か慌てながら私の手を引いて歩き出した。


end

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