白が黒に塗りたくられる


「ああ、こんなところで会うなんて偶然ですね。ところで、立退の件、考えてくれました?」

迷惑電話で立退くまで店に嫌がらせをする立華不動産の職員が休日の日曜日に現れた。その顔、その声、胃がキリキリして仕方ない。
やっと場所を借りて自分の理想の店を整えられたと思った矢先に立華不動産にビルを買い取られて追い出されかけている。

出ていけと言われたって借金も借りたばかりだし仕事を失ったら生きていけない。しつこくてどうしようも無い脅しや嫌がらせに耐えて2週間だけど、ビルに居座るホームレスのせいで客も嫌がってこない。ほんとうにやり方がクズだと思った。

「せっかく綺麗な顔なのに、そんなふうに睨むと台無しですよ?」
「……。」
「少しそのことでお話があるんですが、内容的に場所を変えませんか?」

余裕たっぷりの尾田は私を弄ぶようにエスコートする。私はショーウィンドウから離れて一緒に路地裏に向かう。
暗くて人気のないそこでむきあいながら彼は話す。

「借金返済どうですか?あんまり客が入ってないみたいですけどね?」
「ホームレスのせいでしょ?あなたらが送ってきたの、知ってる。」
「はは、みんなバレバレですか。…でも、ここまでしてもまだ居座るあなたを見て少し力になりたくなりましてね。これは俺、個人的な気持ちなので社長にも内緒にして欲しいんですよね。もちろん、他の立華不動産の職員にも。」

人差し指を口前に添えるとわざとらしく小声で話す。これも罠だと思った私は両腕を組んで身構えた。
彼は胸ポケットから札束を出すと私の目の前に出す。

「まずは300万円。これ、俺からの応援の金です。」
「は…?これは…?」
「だから言ったでしょ?応援してるんですよ、俺は。あなたの抱えてる借金が返せれば悩みが一つ消える。」
「……?」
「といっても、こんな金じゃ足りないのは分かってますよ。だから、」

私を壁にむかって押すと体を近づけてくる。彼の顔が目と鼻の先にあり、抵抗する間も無くキスをされていた。

「…!?」

思い切り彼を押し返すけど、彼は動かない。そんな抵抗こそ笑って尻ポケットからもう300万円を私に押し付けた。

「もちろん、多少の見返りは頂きますけどね?もっとさせてくれたら、倍出しますよ。」
「…いや、やめて!!」

気持ち悪くて金を弾いて必死に逃げた。彼は追ってこない。口を何度も拭って店に逃げると混乱と怒りから泣いた。
何も抵抗できない自分が腹立たしい。誰も頼れない孤独感が辛い。泣いていたらしばらくしてドアポストに600万円の札束が通って落ちてきた。

ーー
その夜からも無言の迷惑電話が何百回も鳴り、電話線を抜くとドアをドンドンと叩く音がした。

まったく寝られない。
そんな状態で4日経った。
一人の朝を迎えた。もちろん、客なんて一人も来ない。
私は呆然と机の上にある600万を見つめる。

私は何でこんな目にあってるんだろう?ただ、欲しかった店を自分の金で手に入れただけなのに。そうしたら儲けもないうちに今度は追い出されるなんて。
借金は…4000万。売り上げもないのに到底返せない。

夜逃げ…、できることといえば、それくらいなものか。理想の店の中で絶望しか考えられなくて、涙が止まらない。吐き気もする。気力が湧かない。どうしたらいいのか…。

途方に暮れていた時に、またドアが叩かれる。

「●さーーーん!立華不動産です。…俺ですよ!俺!分かるでしょ?」

耳を塞いでも、無視をしても、彼はドアを叩く。目を閉じていたら、ガチャリとマスターキーでドアを開けられた。
コツコツと入ってきた尾田は静かにドアを閉めて鍵を閉める。

「酒、飲みにきましたよ。あなたが待ち望んでいた客です。高い酒、出してくれませんか?」

椅子に座る尾田は私に笑いかける。私は睨んで動かないままでいると、彼は不満そうな顔を見せる。

「俺は、客、なんだけど…。俺に酒を注いでくれたらあなたの欲しい金、出しますよ?」

ドンっと200万円をテーブルに置く尾田。私は目を逸らして高いボトルとコップを無言でテーブルの上に置いた。席から離れようとすると手を取られる。

「なにっ…。」
「俺の膝の上に乗ってくれたら、あと200万。どう?」
「そんなことしない。」
「ならどうやって稼ぐ気だ?そんな強がって…何になるんだよ。」

グッと手を引かれて膝上に乗せられる。後ろから抱きしめられてもがいても逃げられない。…やめて、と繰り返しても、尾田は優雅にボトルを開けて喉を潤した。その彼の唇が頸を舐め首を吸い、手が胸を揉んだ。

「…っ!ん!」
「ああ、たまんねぇ…。」
「!!」
「ヤッてくれたら、500万だすよ。…もちろん、その気で来たんだけどさ。」

闇が背中から広がるみたいに。真っ当な方法で生きられない思いになる。ああ、とうめきながら、私の体はテーブルの上に乗せられ、彼に無理やり襲われた。

ーー

「…あ〜、気持ちよかった。…さって、ここに500万置いておくね。ああこのことは内緒にしててね。」
「……。」

汚れた体と店。テーブルの上に横たわりながらぼんやりと天井を見つめていたら、尾田が私に笑いかける。

「ほら、笑って笑って。」
「なっ、や、やめて!撮らないで!!」
「はは、すんげぇ、エロい…!」
「や、やだ!」
「この写真、ばら撒かれたくなかったら夜空けておきなよ。」

すでに興奮した顔で彼は脅す。睨むことしかできない私の胸の上にどんどんと札束が置かれて行った。


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