おでんで祝う誕生日


佐川さんに呼び出されて公園に来てみたら、佐川さんは上機嫌だった。

「今日誕生日なんだろ?美味い飯でも食わせてやるよ。何食いたいんだ?」

意外だった。ずっと前に佐川さんの部下の誕生日の話になって、私の誕生日をさりげなく聞かれたことがあった。それはもう何ヶ月も前のことなので忘れられてると思っていたのに。

「じゃあ、あのおでんがいいです。」
「…は?おでん。お前さぁ、こういう時は高い店選べよ。確かにあのおでんが一番美味いけど、誕生日の祝いにしちゃ安すぎだろ。…まぁ、お前がそれがいいっていうんならいいけどよ。」
「はい、それで!」
「変わった女だね、お前は。よし、ならおでんでも食いに行くか。気がすむまで食えよ。」

佐川さんは笑うとすぐそこのおでん屋へ。きっと彼は財布に万札を入れて私の目が点になるような額を払おうとしていたに違いない。だけど、私はこの何処にでもあるようなおでん屋の方が好きだから、ここがいい。

「大根好きだねぇ。おっちゃん、もう2ついれてやってよ。」
「んふふ、今日は佐川さんの分の大根はありません。」
「大根しか食ってないけどよ、他のも食えよ。ちくわも美味いぞ。」

お父さん、というほど優しい愛があるわけでもないけれど、面倒見がいいというか、さりげなくリードしてくれるというか。ツッコミを入れながら程よく舵取りをしてくれる。

「飯以外になんか欲しいもんはないのか?宝石とか高いバッグとかよ、あんだろ?お前も女なんだから。今日くらい甘やかしてやるぜ。」
「いやいや、私は物よりも食べ物が好きですから。」
「酒も好きだよなぁ?」
「はい、その通りです。」
「じゃあ、他の酒でも飲みに行くか?お前がこんなんで酔うわけないよな。ケーキも食いたいだろ?」

程よく食べたところでおでん屋を出た。こんなに長く佐川さんと過ごすのは初めてだ。

多分この人はめちゃくちゃ偉い人なんだろうけど、カタギの私を前にしたらそんなに怖い顔でもなく、威圧もなく、馬鹿なこと言っても笑って流してくれる。
本当にヤクザなのかわからなくなることもあった。

「ねぇ、佐川さん。」
「何だ?」
「ケーキいらないです。」
「腹がいっぱいか?」
「それよりも、その、またおでん屋に連れてってください。」
「お前、ほんっと好きだなぁ。大根食い足りなかったのかよ。」

彼は笑ってた。彼が素で吹き出してると何だか嬉しい。にこにこしながら頷くと、彼はちらっと後ろにあるおでん屋を見る。

「戻るか?」
「いや、もう今日はいいです。佐川さんとおでんが食べられていい日でした。」
「随分と安い幸せじゃねぇか。こっちはあんまり祝った気にならねぇんだけどな。」
「佐川さんって、いつもどうやって誕生日を祝うんですか?たとえば、他の女の人とか。」
「そうだな。だいたい強請られたもんを買ってやる。バッグとか宝石とか上着とか靴とか。おでんが食いたいなんて言った女はお前が初めてだよ。」
「忘れないでくださいね?こんな女もいるってこと。」
「ああ、忘れたくても忘れられねぇよ。…ほら、酒くらいならまだ飲めるだろ?行くぞ。」

肩を抱かれた。私は彼の隣を歩いてバーに行く。
佐川さんは本当に絶妙な距離感を保つ男。ぎらつく事もなく、ゆったりどっしり構えてるのに、そんなに敷居が高くない。変な目でもみてこなくて、その点も全部考えてこの時間をくれている人。
安心してそばにいたら、タバコを指で挟みながらこちらをみていた佐川さんが呟いた。

「…来年は何が欲しいんだろうなぁ。またおでんなのかねぇお前は。」
「来年も祝ってくれるんですか?」
「お前に決まった男がいなけりゃ祝ってやるよ。」

へっと笑う佐川さんはグラスを差し出す。コツンと互いのグラスを軽くぶつけ、来年も一緒に過ごす約束をした。

きっと来年もこの距離を失わずに一緒にいるんだろう。彼にも決まった女ができないことを祈って楽しみにした。


end

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