立退不可の男


「尾田さん…。立ち退いて下さい。」
「はは、俺が立ち退きを命じられる側になるなんて思わなかったなぁ。」

アパートに着くとドアが開いていてびくびくしながらドアを開けたら部屋に尾田さんがいた。テレビなんかつけてまるで自分の部屋同然に使ってる。

「あの、何で開けられたんですか?」
「ここ、うちが買い取ったからマスターキーが使えるんだよねぇ。ああ、別にモノ盗んだりしてないから安心して。」

尾田さんは当たり前のように流れを話した。この人のやることは凡人とちがうから頭が追いつかないことがある。違法なことでもやってしまうのだから。
そんな私を気にせずに彼はテーブルに置いてあったコンビニの袋からビールを出した。

「仕事ご苦労様。どう?ビール買ってきたんだけど飲まない?」
「あ、はは…どっちの部屋なんだか。」
「俺たちの部屋かな?」

苦笑いしてトイレの中で着替えた。尾田さんは少しつまらなそうに、それでいて挑発するように、ここで着替えてもいいのに。と意地悪く笑う。

「尾田さん、夕食は食べましたか?」
「いやまだだよ。何?作ってくれるの?」
「作り置きがあるからどうですか?」
「いいねぇ。頼むよ。…この匂いは、カレー?」
「そうですね。」
「もしかして、俺のために作っておいたの?」
「まさかそんな。」

笑いながらカレーを温める。尾田さんとは…恋人ではないけれど微妙な関係だった。一度流れで寝て、その後も街であって…っていう、グレーというか…。セフレというほど寝てないけれど、形容し難い2人だった。

早く区切りをつけないといけないのだけども、尾田さんという他の男にはない危なさと色気のある人は私にとっては刺激的で、自分からもう来ないでくださいとは言えなかった。それに、この人の方が私が切り出すより早く私から離れると思っている。その突然の別れが来るまで私はこのままでいる。

「お待たせしました。」
「美味そうだ。いただきます。はい、俺からはビール。」

丸いテーブルを囲んでテレビを見ながらカレーを食べる私たち。尾田さんはたまに私の様子を伺いながら、他愛のない話をふる。
カレーを食べてビールを飲んでから、彼は、タバコいい?と聞いて窓を開けるとタバコを吸う。窓辺に立ちながら外を見る尾田さん。彼の目がこんなに低い位置を捉えたのは久しぶりなんじゃないかと思う。だって、彼はこんな庶民の生活をしていない人だもの。もっと高く聳え立つビルの最上階にいるような人なんだから。

「何が見えますか?」
「ん?何って…駐輪場と向かいの家くらいか?何だよ急に。」
「いえ、別に。そんなものしか見えませんよね、ここって。」
「もっといい景色が見たいのなら連れて行くぜ?」
「いいえ、私はこれでいいです。」
「お前はそういう女だよな。たとえ金や高いプレゼントなんて貢がれても困るんだろう。」

携帯用灰皿でタバコを消すと彼は私の隣にきて肩を抱いた。私の顔を覗き込んでそのままキスをすると押し倒す。

…この関係、いつまで続くんだろう?

ズルくて都合のいい関係だから、都合よくぷつりと切れるはず。そんな関係は正直初めてじゃない。
最初の人とは真剣に考えてた。でも、こうして始まる男とはある日いつの間にか切られてる。だから、この人もそうなる。

「何考えてるの?こんな時に。余裕だねぇ。」

彼は口にゴムを咥えながら自分の上着を脱いでいた。私は顔を赤くしながら彼の肩に手をかけて、何と言えばいいのか分からずにいた。

「慣れてるでしょ?セフレを持つこと。意外だな。俺は何人目なの?というか、俺の他にもいるの?」
「いるわけないじゃないですか。前はいましたけど。」
「あっそ。まぁ、今から俺しか考えられないようにしてあげるよ。…俺、簡単に立ち退く気ないから。……終わりなんて、考えさせないよ。」

彼の犬歯が噛んだゴムは限界まで凹んでいたから、そこには誰も知らない穴が空いたかもしれなかった。

「それに、もう俺を立退かせられないような体にしてやるから。」


end
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