ケジメつけましょう


「ううっ。」

疲れが溜まったのに無理をしたから、風邪をひいてしまった。ポケベルで司さんに呼び出されたけれど、風邪で行けないと断った。欲しいもんは?と来たので、いらないと返す。お腹が悪くなっていてトイレから出られない私を見られたくなくて、彼には来てほしくなかった。

「うぅー。」

涙目になりながらなんとか便器から顔を上げる。ぐしゃっと床に座り込んでる私は無様。まだスッキリしないお腹を撫でながら、やっとトイレから出るとチャイムが鳴る。司さんだと思う。暫くドアを見つめていると、どんどん叩かれて、おーい!って司さんの声がした。私は鏡に映る自分のひどい顔を見て大きくため息をついた。

「いるんだろ?なんで出てこねぇんだよ!」

まるで借金の取り立てだ。私はドアに向かって叫ぶ。

「いますけど、今は無理ですっ。」
「あ?何だって?飲みもんと食いもん買ってきてやったんだ。入れてくれよ。具合悪いんだろ?看病してやるよ。それとも何だ?男でも連れ込んでんのか?」

引く気はない彼に負けて、ドアチェーンをつけたままドアを少し開ける。司さんが怪しいものでも見るかのような目でのぞいてる。

「司さん、飲み物とかありがとうございます…お腹壊してひどいので、看病は遠慮させてください。」
「何だよ。その顔じゃゲーゲー吐いてんのか?まぁ、それなら俺も出来ることはねぇな。」

私の顔色を見て察したらしい。わかってくれたので、ドアチェーンを外したら、何食ったんだよ、とコンビニの袋を揺らしながら玄関に入ってくる。

「胃が弱ってるのに無理に食べちゃったので…お腹にきたみたいです。」
「本当にそれだけ?」
「え?」
「…デキたわけじゃねぇよな?」
「はっ?…そ、そうじゃないですよっ。本当に、食べ物に心当たりありますし。」
「ふぅん?まぁ、ゴムはつけてるけどよ、万が一ってこともあるだろ?診てもらえよ。」
「いや、ほんとうにこれは胃を壊した時のやつです…うぅ。きょ、今日は、1人にさせてください…。」
「分かったよ。吐いた後は水飲めよ。」
「は、はい。」
「…ったく、今日に限ってこれとはね。はは、お前ってほんと魔が悪いよなぁ。ま、お大事にな。」
「?」

彼は何かをちらつかせて出て行った。
その後、私はぐったりするほど吐いたけど、司さんが買ってきた水やヨーグルトを食べて何とか凌いだ。夜は疲れてやっと眠れて、朝はまだ調子が悪く医者に診てもらってまた休んでいた。すると、ポケベルが鳴って、大丈夫か?と司さんから連絡が入る。マシになりました。と返してまた寝ていると、昼過ぎに司さんが会いにきた。
ドアを叩く音で起きてドアを開けると彼は私の顔を見るなりふっと笑った。

「少しはマシになったみたいだな。だが、痩せちまったな。別嬪が台無しだぜ。ほら、これ、食えよ。」

コンビニの袋を掲げながら、彼は入ってくる。彼はテーブルの上の薬を見て少し安心したらしい。私はフラフラと布団の上に腰をかけると、司さんはコンビニ袋から水、ヨーグルト、パン、おにぎり、…と、

「一応やっとけ。」

と、妊娠検査薬を取り出した。
目が点になる。でも、司さんが真面目な目でやれと言う圧をかけるので、渋々とそれを受け取るとトイレに行った。
…結果は、もちろん陰性だ。トイレから出た私を待っていた司さんはあぐらを掻きながら私の反応を伺う。

「で?」
「陰性ですよ。」
「ちゃんと見せろよ。」

疑い深い。見せたら、胸ポケットからタバコを取り出して一服した。…本当に疑っていたらしい。私は苦笑いしてテーブルの上のおにぎりを口にする。司さんは窓辺を見つめながら、ふぅ、と煙を吐いている。

「ガキでも出来たのかと思ったよ。」
「居なくて良かったですね。」
「お前さぁ…本当冷たいよな。…俺に冷たくしてもいいけどよ、できたガキには優しくしろよ。」
「…え?」

おにぎりを頬張る私を見ながら彼は大きな手でぐしゃっと私の頭を撫でた。その時の彼は別に優しい顔でも目でもなかった。いつもの、同じ表情。なのに、まるでみんな背負うと言うような言葉に我が耳を疑った。

ーー
あれからやっとお腹が治り、司さんと夕食を食べに行った。その日は完治祝いなのか、いいところのホテルでいつもと違う高級感が漂っていた。

食事をした後にベッドで抱かれる。久しぶりのキスはしつこくて。彼は痕をつけることに拘っていた。
一通り終わった後に、彼は私の上から退いて話し出す。

「お前が腹壊した日さ、俺の誕生日だったんだよ。あの日、お前のこと抱く気満々だったからよ、とんだお預け食らっちまった。」
「おめでとうございます…おいくつなんですが?」
「秘密にしとくぜ。…あの時デキたと疑ったんだけどよ。もしそうなら、いい贈りモンだと思った。 」
「!?」
「そこまでしてガキが欲しいわけじゃねぇけど、ほら、もうお前、俺から逃げらんねぇだろ?」
「デキたら司さんから逃げるかも?」
「へぇ?この俺から逃げられると思ってんの?っていうか、お前1人で育てらんねぇだろ。堕す気かよ?」

彼は呆れたように宙を見る。
私と彼はセフレなのに、彼は真剣なんだろうか?分からなくなる。でも結婚のけの字も交際のこの字も出てこない関係。

「子ども欲しいんですか?付き合ってもないのに?」
「デキたら結婚すりゃいい。」
「…っ、なにそれ…っ。」
「お前な、一緒に飯食って、互いの家に気軽に上がって、何度も抱き合ってる男女がまだ他人って言い張るのか?」

司さんがまるで私に説教するみたいにこちらを向いて横たわりながら頬杖をつく。

「俺は生半可な気持ちで生きたことは一度もねぇよ。お前みたいにフラフラして流されながら生きてたことはねぇし、これからもそうだ。そこにガキができた時はきっちり責任を取るよ。たいした父親になれねぇだろうけど、お前らを守るように立ち回るさ。」
「…!」

真っ直ぐな瞳で言われた私は自分の生き方が恥ずかしく思えた。そして、いつも受け身で"なんとなく"生きている自分と、その道を極めて生きている彼を比べたら、目の前にいるしつこい男の方が価値のある人に見えた。

「何だよ、いきなり熱っぽい目になっちゃって。惚れなおした?」
「そんなこと、ない。…ただ、まともなこと言われてびっくりしたんです。」
「ふぅ〜ん?…で、お前の覚悟はどうなんだよ。」

今まで考えたことはなかった。だって、セフレって割り切っていたから。…こんなに真剣に彼が考えていたとは思わなかったから。

「私の中ではまだ恋愛も始まってなかったから…。だって、付き合ってないもの。」
「はぁ、女ってのはめんどくせぇ生き物だよなぁ。ここまで一緒に過ごしていても、"俺と付き合って下さい!"って断りが必要なの?」

司さんは疲れた目で天井を見ながらハァーと息をついた。

「司さんだって、付き合ってくださいって言われて付き合ってる女と、何も言わないでセフレの女、どっちが大事になりますか?…それに、付き合ってない男なんてデキたら逃げるかもしれないじゃないですか。そんな男に真剣になんてなれませんよ。」
「まぁそれもそうだな。ならよ、」

司さんは起き上がり、あぐらをかくと寝そべる私を見下ろす。真剣な目で私を見ていたので、私も起き上がる。

「これからは真剣に俺と交際してくれよ。●。俺は何があっても逃げねぇよ。」

至極真剣な目。彼は漢らしく、私のだらだらした望みに気を張って応えていた。
私は彼の覚悟を耳にして、胸が熱くなる。そして、そんな意思が前からあったのなら、もっと早く言ってよ、と思った。今まで先のことや目の前の男のことを気にしないで生きていたのは辛かったから。

「…遅いよ。」
「悪かった。で、答えは?」
「……、付き合います。」
「…へへっ、案外緊張するもんだな。」

ふっと緩む空気。なぜか互いが目を合わせられなくて、気恥ずかしさが流れる。初めてだ、こんな初々しい空気。馴れ馴れしさや強引さが目立つ関係の中で今まで甘さなんてほとんどなかったのだから。

「あーなんか違うなぁ。」

晴れて恋人になった私たちの空気が変わったことを彼も気づく。目をあわせれば、司さんは少し笑っていた。私はそっと身を寄せると彼は驚いた目をしてから、受け止める。

「あれ?変だな。今までよりお前が可愛く見えるよ。」
「司さん…。」
「ん?」
「好きって言ってよ。」
「…っ…、お前さぁ…俺がそんなこと言う柄じゃ…「好き?」
「…な…、あ、あぁ、…好きだよ。好き、好き。…で、お前は?」
「すき。」
「………、お前…さぁ。」

私を抱きしめる司さんの顔は見えないけれど、多分、緩んでいるか、驚いていてる顔をしてるんだろう。しばらく抱き合った後、彼は言った。

「ガキが欲しいわけじゃねぇだなんて…あれは嘘だ。」


end


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