花火の下で


河で打ち上げられた夏の花火。少しでもいい場所にいたくて身を寄せ合う人混みを上から見ている私と真島君。まさか彼が営むキャバレーの屋上から見られるなんて。今日はキャバレーが休みなので、真島君は特別にキャバレーを開けて屋上に上らせてくれた。

「贅沢な花火。」
「ふっ、せやろ?」

手すりに頬杖をついて満足しながら呟くと、これを忘れとるで?とキャバレーの酒を持ってきてくれる。俺の奢りやと気前よくボトルを開けてグラスに注いでくれる真島君はサービス精神が旺盛。

ドンドンと高々と打ち上がる花火と大きな音と振動を楽しみながら、彼とシャンパンを飲んだ。

今日の昼に、花火が上がるからグランドの屋上で一緒に見んか?と言われて二つ返事した時からすごく楽しみだった。

「今の綺麗!」
「あ?」
「見てた!?」
「え?おお、おう!?」

ぱっと横を見ると私の方を見ていた真島君が慌てて空を見上げる。そんな時はもうハラハラと花火は散っているわけで、もーー!と私が残念な顔を向けると真島君は頭を掻きながら弁解する。

「お前のこと見とったんや。」
「な、なんでよ。花火見なきゃ。」
「花火より綺麗や。」
「!?…っぁ!?」

照れた目をしている真島君に気を取られて花火を見逃す私。私もキラキラと散る火の粉を見送りながら、さきほどの真島君のセリフが響き渡って耳から離れない。

「俺が見たかったんわ、お前やもん。」
「ま、真島君…。なに、どうしたの?」

真島君とは友達だ。彼はとてもいい人だけれども、彼の周りには綺麗な人がたくさんいる。もちろん、ただのOLの私なんかじゃ手が届かない人だから、何も考えずに感じず、ただ時間を過ごしていた。
今日も、どうして彼との花火がこんなに楽しみだったのかを深く考えることなく、何も気づかないふりをしてここに来たっていうのに。

真島君は明るい花に照らされながら、私と向き合うと黙ったまま顔を寄せてくる。少し目を細めて、逃げない私を確認しながら、そのまま唇を落とした。
彼とキスをしていると脈が速くなって、どうしていいかわからない。求めてもいいのか、逃げたらいいのか、喜んだらいいのかさえわからないまま、キスをしていた。

「…●。」

低い声が私を呼ぶ。唇が離れて、私を胸に仕舞い込む真島君。彼の体は硬くて細い。この人は…私なんかが愛してもいいのか不安だった。

「…だ、だめだよ。」
「何でや?」
「付き合ってもないのにこんなことだめだよ。」
「ほんなら、付き合おうや。俺は最初からそのつもりでここに呼んだんやで?」

ドキドキしながら顔を上げると、真島君も緊張した顔だった。強張っていて瞬きをしない目。眉はキリッとして目つきが鋭い。

「もう、友達なんて嫌や。うんざりや。」

はっきりした口調はまるで怒っているみたい。私は彼の本音を聞きながら、蓋をしていた気持ちと向き合う。綺麗な人たちを押しのけて私を見てくれた彼に、ありがとう、と言って恥ずかしくて変な顔になる。

「この花火、絶対ここで見るって思っとったんや。だから、今日はグランドが休みなんやで?」
「え?わざわざ?!」
「せや。せやから、勝負に出たんや。誘って、花火見て、気持ち伝えようって。…ずっと前から好きやった。でも、いくら一緒に街に出ても遊んでも何も距離が変わらん。もし、俺が嫌いならこれきりや。潔く諦めたる。」

拳を握る真島君は本当に男らしくて。これきりなんてしたくない私がいて、その手を握って包み込む。ハッとする彼を見上げると彼の手を胸に仕舞い込んだ。

「やだ、これきりなんて。絶対。」
「●…ほ、ほんなら、その、」
「好きだから、…これきりなんてやだ。」
「俺も大好きやで!」
「わっ!?」

急に抱き上げられる。ふわっと足が浮いて、慌てて彼の肩に手をついた。綺麗な花火が音を立てて打ち上がり、彼の言葉が耳に届かない。でも、彼はすごく笑っていて、楽しそうに叫んでいた。私は驚いた顔のままつられて笑い、花火を背景に狭い屋上でくるくる回される。まるで二人で踊ってるみたいで楽しかった。

「●、逃がさんへん。もう、わしのもんや。」

下に下ろされて抱きしめられた。その体を自然に抱き返して、近づいた唇に唇を寄せる。さっきよりも長くて、強引で、熱いキスを交わして、離れたら互いに照れて笑う。むず痒い胸だけど、ワクワクして喜びが止まらない。彼の首に腕を回して引き寄せると、彼は真剣な目をしながらまたキスを落とした。何度も、そして、深く、一線を越えそうな荒いキスに変わると顔が熱くなって息が切れる。

「ま、真島君っ。」
「吾朗って呼べや。」
「ごろう、」
「…花火、終わったら…ホテル行かんか?もう我慢できへん。このままでもしたいわ…。」

いつもきちっと着こなしているタキシードスーツが乱れていた。彼も息があがっていて興奮しているのが伝わる。

「…んっ、じゃぁ、その、…うん。」
「寝かせへんで?」
「ご、吾朗っ…!」
「花火、早う終わらんかのぉ。」

色気を帯びている吾朗は私の頭を顎を乗せて息を吐くと意地悪そうにつぶやいた。

「今日の花火は絶対に忘れない…。ありがとう、吾朗。」
「かわええこと言うなや。今必死に我慢しとるんやで?まぁでも、そう言われたら嬉しいで。…もっといい思い出、これから2人で作ろうな?」

優しい目を向ける吾朗に頷く。私もこの人と深く愛し合いたいと思い、せっかくの花火だけどまだ続くと思うと焦らされている気持ちになった。


end

ー せや。花火見ながら下の事務室で…ってアダっ!?
ー ば、ばか!そんなところじゃ、や!
ー ええ拳しとるやんけ…冗談やって!な!?怒んなや〜。ほら、ええ花火上がっとるでぇ〜あーなんやろハートみたいなオモロい形しとるわ〜ほらあれすごーないかぁ〜?
ー もぅ…。

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