死後計画


「痛ってぇ…!」

ベッドの上で司さんの悲鳴が上がる。彼が痛がることが新鮮で少し感動しながら、痛めた手を片手で庇う彼を見つめた。

「だから言ったのに。」
「ああちくしょう!」

今日会った彼は右手に包帯を巻いていた。どうしたのか聞いても、ああちょっとなと受け流されて終わり。喧嘩でもしたのか分からないけれど、司さんはなかなか上の人だから彼に喧嘩を売るなんて人は今まで見たことがない。だいたい彼を見れば踵を返したり、目立たないように傍に寄ったりする男しか見たことがなかった。

「今日はやめようよ。」
「あ?お前抱くために会いにきたんだぜ?」

私を跨いでいる司さんは上着とシャツを脱いだ。下着の下にはまた包帯が巻かれていて驚いて、起きあがる。

「ねぇどうしたの?」
「何でもねえって。」
「…痛そう。切られたの?」
「撃たれたんだよ。」
「え!?」
「驚くこたぁねぇよ。俺たちの世界なんてこんなモンだ。」
「撃たれたの?!」
「ああ、そうだよ。」
「安静にしてなきゃ!!」
「は?」

私は司さんをぐるっと反転させて押し倒す。いてぇ!とうめく司さんを無視してバッと肩まで布団をかける。

「お前ってさぁ、こう言う時は機敏に動けるよなぁ。」

ううと呻きながら笑う彼は、やれやれと笑う。そして、私の手を握って引き寄せる。そばで寝転ぶと司さんの頭を撫でてあげる。

「よせよ、おれはガキじゃねぇんだ。」
「だって、こんなにボロボロなんだから。…体は痛くないの?」
「痛み止め飲んでるからな。…はぁー、何で娘みてぇな女に子供扱いされんのかね、笑えるよなぁ。はは。」

体と手を撃たれた司さんは流石に抵抗しない。負けを認めたように私の手を受け入れて、でも仕返しとばかり私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

彼の立場も背負うものも目指すものも、私は何も知らない。ただ、彼が私を求めて離さないから私も離れなかった。

「いつか俺が神室町のトップになったら、お前は神室町を牛耳る女ってわけだ。」
「私はそんな地位いらない。このままの私でいるよ?」
「そう言うと思ったけどよ、たまには調子乗ってもいいんじゃねぇか?俺、結構一目置かれてんのよ?」
「ん〜。私にはおでんが大好きで、撃たれて痛がって私に頭撫でられる司さんにしか見えない。ふふ。」
「おいおい。他の奴らに絶対に言うなよ?男の世界じゃ見栄ってのが大事なんだからよ。」

ムスッとした司さん。はいはい、と言うとため息をつかれた。

「何でかね、お前のペースにいつも落とされるよ。俺。」
「私は答えわかるよ。」
「ふぅ〜ん?言ってみろよ。」
「惚れたもの弱み。」
「ふぅうう〜ん?言ってくれるじゃねぇか。」

司さんは笑いを堪えた顔であえて挑発するように嗜める。そして、愛おしそうに私の額に額を寄せた。ぐしゃぐしゃっと頭を撫でられて、私は幸せだった。

「全部うまくいったらお前を貰うぜ。」
「貰うってのは?」
「女にする。生涯のな。」
「!?」
「…そのためにも、何とかしねぇとな。跳ねっ返りどもしかいねぇから、参っちゃうよ。」

疲れた声がする。彼はどこか呆れていて、自嘲気味に笑っていた。太々しいはずなのにどこか脆さが見えた時、ああ…と私は彼の置かれた状況が恵まれたものではないことに気づく。

「神室町のトップなんていいから、私と逃げようよ。」
「…それができたらしてるっての。」

潔い彼がたまに嫌いだ。何かに執着する気持ちは強いのに、生にはまるで無頓着。死も生もまるで変わりがないみたいに、彼は淡々と死を受け入れるし死を与える。

「一人になるのが寂しいのなら私も連れて行けばいい。」
「大した度胸だね、お前は。まぁ、あの世ならもう誰にも邪魔されずにお前を抱けるしな。」

恋人とこんな話をする私は寂しくて辛いのに、でもどこか満たされていた。だってある意味特別な話だから。彼が死後まで私と言う女を連れて行きたいと願っているのなら、そこには深い愛があるはずだから。

「好き、好きだよ司さん…、死ぬときはちゃんと呼んでね。」
「ふっ。当たり前だろ。覚悟決めとけよ。俺はお前と死ぬって決めてんだからよ。」

司はやっぱり不思議な人。私のことが好きなのに、私と生きることは執着がない…そんな不思議な彼の価値観が移ったのか、私も淡々と生きるようになった。

彼の腕に包まれながら、私は彼との死後を楽しみに考えていた。

きっと今よりもたくさん会えて、なんの邪魔もなく、悩みもなく、羽が生えたように、自由にどこまでも二人で飛んでいけるんだろう。そんなふうに思えば、これから先に起こるであろうことなんて、何一つ怖くなかった。


end

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