愛の味が変わる


「よーぅ、●ちゃん。」
「佐川さん!久しぶりですね。」

帰宅途中に、好きな人に声をかけられた。唐突に出会うとドキッとしてしまい、自分でも恥ずかしいくらいに頬が緩む。

「久しぶりだな。ちょっくら飯にいかねぇか?」
「ああ、行きたいです。」

頷くと流れるように肩を抱かれた。佐川さんはキャバレーのオーナーだけあって女の人の扱いが大胆。最初に肩を抱かれた時はビックリしたけれど、今では嬉しい。

「お前さ、もっと警戒しろよ。そんなんじゃ悪い男に食われちまうぜ?」

彼から呆れられたことに少し傷ついて苦笑いしながらその場を濁した。そんな私に片眉を上げた彼は私の耳元に口を寄せた。

「何?お前、俺の女になりたいの?」
「え!?」
「男なら勘違いしちゃうよ?肩を抱かれようが、顔を寄せられようが、何されても抵抗しねぇんだもんなぁ。」
「……。」
「なんだよ、何とか言えよ。」
「佐川さんのこと好きですよ?」
「ふぅん?それどう言う意味の?」
「…、教えないです。」
「へぇ、この俺を焦らすって?まぁいい。夜は長いんだし、長期戦と行こうじゃない。」

さっきの告白は本心だった。ただ、返事が怖くて半端な勇気で告白をしたがために半端に終わらせてしまった。そんな部分をおかしそうに受け流す佐川さんはどう捉えたのか。私は自分の肩に乗る佐川さんの腕を意識しながら彼の向かう方へ足を向けた。

まぁ実際のところ私も佐川さんの何に惚れているのかわかっていなかった。ほろ苦い年上の雰囲気が新鮮でヒットしたのかもしれない。柔和なような厳しいような、そのよく分からない雰囲気に関心を持ったのかもしれない。特に2人の思い出があるわけでもなく、甘い空気になった覚えもない。ただ、彼と言う存在が心にはっきり在って、強く惹かれてしまうのだった。

ーー

「お前とこうして酒を飲むのは久しぶりだな。お前の誕生日以来だったか?…俺がやったネックレスどうしてる?」
「ほら、今日もこうして…つけてますよ。」
「なんだよ。つけてんならもっと目立つように付けろよ。全然見えないぞ。」

シャツの中に入れていたので佐川さんは少しブスッとする。私はシャツからネックレスを取り出して、シルバーの星型のネックレスを見つめた。

「すごく気に入ってて仕事でもつけてます。」
「そんなに大事にされるとはな。贈った甲斐があったぜ。」
「佐川さんってセンスいいですよね。ふふ。」
「店員はやたら派手なもんを薦めてきたけどよ、お前はそんなもん好きじゃねぇと思って少し地味だったけどそいつにしたんだ。まぁ、悪くねぇだろ?」
「佐川さんからもらったものはなんでも大事にしますよ。」
「お前、そういうセリフは相手選んで言ってんの?」
「え?…あ、は、はい。」
「本当に?」

ゆっくり頷く私を見て、彼はグラスをテーブルに置いた。そして、私の肩を抱き寄せると距離を縮める。私はすごく緊張して、ちらっと彼を見上げる。
佐川さんは何も言わずに私を見つめていた。何を思ってるんだろ?空気は甘いわけでもないし、鋭いわけでもない。言えば、真剣。

「お前、わかって言ってんだよな?後からそんなつもりはありませんでした、なんて通らねぇぞ。」
「わ、私は正直に言ってます。佐川さんがくれたものは大事にしますし、佐川さんとの時間だって、」
「もういいよ。」
「え?」

遮られて、顔を寄せられて、キスをされた。逃げる余地はあったのに、私に逃げるなんて選択肢はなくて。寧ろ、うれしくて、目を閉じていた。
キスは触れるだけ。肩を抱く力も弱い。私を試すみたいな力加減が少しもどかしい。

「逃げるんなら今だぜ?」
「逃げなかったらどうなるんですか?」
「フッ。それは逃げなかったご褒美に教えてやる。」

甘い…そして、ずるい。この先を知りたい。佐川さんにとってはお遊びであっても、一夜限りでもなんでもいい。私は彼と特別な時間を過ごしたかった。

ーー

佐川さんに抱かれた夜を忘れはしない。私のことを気にしながら、何度か確認しながら、必死に追いつこうとする私を最後まで抱いた。熱くて、重くて、ほろ苦い夜だった。

あれから二週間が経ったけれど、彼と何か関係が変わったわけじゃない。そこに寂しさもあったけれど、あの夜がない方が寂しい。一度でも、受け入れてもらえたことが嬉しくて、死ぬまで覚えていようと思った。

「…んわぁ…、どしゃぶりだ。」

職場を出れば無慈悲な大雨。
傘がないからタクシーを拾おうかと思ったら、手もあげてないのに目の前にタクシーが止まる。ん?と目を向けるとタクシーの窓が下がって佐川さんがこちらを見ていた。

「乗れよ。飯行くぞ。」

強引だった。笑えばいいのか、悲しめばいいのかわからない。ただ、彼を待たせたくなくて考える間もなくタクシーに乗る。
行き先は知らないけれど、佐川さんが向かう先に足を向けるのはいつものことだった。

「今日もつけてんのか?」
「ネックレスですか?もちろん。」

タクシーから降りた先はお洒落なバー。いつもと変わらないと言えば変わらないけれど、佐川さんがやたらリードしとくる。前は付かず離れずの距離感だったのに、今は私を連れ回すように、私の顔色を気にしないで堂々と引っ張っていた。

「お前にさ、これ飲ませたくってよ。」
「え、なんですか、これは?」

彼おすすめのお酒を飲んだり、食事をとる。彼の片手は私の肩を抱いて、何も話さなくともお互いに身を寄せ合って時間を過ごしていた。まるで恋人みたいに。…そう、私は思うけれど、彼にしてみたらどうなのかはまだわからない。飽きたらさよならの女なのか、私みたいに真剣に考えてくれているのか。
でもそれを白黒つけられないのは、つけようとしたら終わる気がするから。虚しさか、それでも一緒にいる幸せ、そのどちらをとるか決めるしかなかった。

「お前って体があったかいんだな。ああ、酒のせいか?」
「佐川さんもポカポカしてますよ。」
「なんか、眠くなっちまったな。まだ夜はこれからだってのによ。…あの夜も俺はやたら早く寝ちまったんだよな。どうしてか、お前が近くにいると妙に気が緩んでよ。」
「佐川さんがゆっくり休めるのであれば私は嬉しいです。」
「休むためにもお前がいるんだよ。」
「今夜は?」
「ん?…何?また俺に抱かれたい?」
「…ただ、そばにいたいんです。」

本心を口にすると頭に手が置かれた。顔を上げると、彼の口が耳元に寄る。

「俺は抱きたいよ。」
「わ、私…佐川さんの…恋人になれますかっ?」
「俺の女になるには相当の覚悟がいるぜ?今のお前にはまだ無理だろうけど、本気でいってんなら俺も本気で仕込んでやる。」
「…は、はい。」
「まぁ、まだ肩の力抜いておけよ。俺は逃げねぇから安心しな。俺も急かしてお前を逃したくねぇしな。」

佐川さんは意地悪く目を細めると試すように私の唇を見つめたまま近い距離で止まる。私はすぐそこにある唇を見つめてから、我慢できずに唇を寄せた。佐川さんの頬に手を当てれば、頭に乗っていた彼の手は首に回り、もう片手は腰に回る。

「…好き、佐川さん…っ。」
「俺にしかいうんじゃねぇぞ。分かった?」


end


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