壊して甘える


ー お前のことは必ず手に入れるよ。

耳元で言われた脅迫めいた言葉が耳から離れない。彼はヤクザだから流石のオーナーも何も言えず、彼の虎視眈々と私を狙う目を見て見ぬ振りをしていた。

その薄寒い恐怖心をはっきり口にはできないものの、一人で抱えきれない。守ってくれそうな友達に話したことがあった。たとえば、親が警察の友達にとか、ラグビー部の屈強な友達にとか。誰にも聞かれないように家で相談を受けてもらったり、電話で話したりしたのに、それさえも時間が経つとバレてしまう。

「何で?…いるの。」

佐川さんが、よぉ、と大学の門の前に立っていて私を待っていた。友達が、誰?という目で見てきても彼は気にせず、ちょっくら借りるよ?と友達から私を奪う。今日遊ぶ約束してて!と私が嫌がると、懐から出した金を友達に渡して、これで美味いもんでも食ってきな。と金で片付けてしまう。そんなことを大学の門前でやるものだから、周りの私を見る目が変わった。援助交際だとか、危ないやつと結びついてるとか…。金が欲しい子は自分にも稼ぎ方を教えてくれというし、真っ当な子は私から離れていったし、本当に孤立した。

相談に乗ってくれた、両親が警察の子はその後にヤクザに脅迫されたというし、ラグビー部の子は夜道で襲われて足を潰された。みんな私のせいだと広まった。私も被害者なのに追い詰められていく。大学にも居場所がなくなりつつあるから、佐川さんに付き纏うことをやめて欲しいと必死に頼んだけど、それこそが狙いとばかり鼻で笑われた。

「お前の居場所を根こそぎ奪ってやるよ。お前にはもう俺しかいない。それをさっさと認めっちまえばいいのに、頑固だな。」

皮張りのソファーに座ってタバコを吸う佐川さんは小馬鹿にしている。私が頭を抱えていると彼はタバコを灰皿で揉み消して私の服に手をかけた。必死で抵抗をするのに、すごい力でソファーに押さえつけられて動けない。

「心配すんな。すぐによくしてやるよ。」
「ひ、避妊はしてくださいっ!」
「しょうがねぇ〜なぁ。まぁゴムはつけてやるか。」

影が刺した顔を近づけて、私の唇を親指の腹でなぞる。

「男どもを家に連れ込むなんて、お前実は淫乱なんじゃねぇか?」
「ち、ちがっ、あれは!」
「はは!分かってる。相談してたんだろ?だがよ、男女が2人きりで過ごしたんだ。何かしらあったんじゃねぇのか?今からそいつを確かめねぇとなぁ?」
「……。」
「自分で脱いだら少しは優しくしてやるよ。それとも俺に荒々しく脱がされたい?」

ーー

毒々しい刺青が目に焼き付いて離れない。
脱がなくとも彼はどこか人と違った薄暗い狂気をうちに秘めている男だった。ただ、脱げばまるでもう何も隠すことはないとでもいうように暴力的で脅しや挑発が当たり前のように口から出た。
抵抗をすると頭を掴まれてソファーに押し付けられたし、酷い時は首を絞められた。それなのに彼の言葉から出た言葉は、俺ほんとお前のこと愛してるよ。と、まるで愛なんて知らないのに言っているような狂った言葉だった。

疲れきって寝ていた私が目を覚ますと佐川はベッドの端に座ってるタバコを吸っていた。刺青がこちらを見ている、腿裏と二の腕にまであるそれは、それそのものが服のようだった。

「ん?起きたのか?」

動いてもいないのになんで分かったのか。肩越しに振り向いた佐川は私を見てふっと笑うと私の腿を撫で回す。気持ちが悪くて、でも抵抗すれば苦しめられることを学んだ私は耐える。

「昨日は楽しかったぜ。お前の本気で泣いている顔と掠れた声はそそられたねぇ。」

彼の手がシーツを剥いで私の股の間に入り込む。や!と身を起こそうとする前に既に乾いた中に指が入ってもう続きと言わんばかりにヌチヌチと動いた。

「ああ、そうそう。お前、意識飛んで気づかなかったかもしんねぇけど、何度か穴開いてるゴム使ったんだよなぁ。」
「えっ?」
「その顔じゃやっぱり気付いてなかったか。まぁ無理もないよな。お前イキ過ぎて俺の顔さえまともに見えてなかったもんな。」
「ひ、避妊してくれたんじゃ!だって!そうしたら!」
「ガキ、出来たかもなぁ?」
「堕ろさなきゃ…っ。」
「そしたら、お前も殺すよ。」

あまりにも躊躇いなく言われる。愛しているとか、殺すとか、彼は言葉に込められた大事な意味を知っていて尚且つ正しく使っている。あっけに取られた私の顔を見て満足したように笑う彼は、タバコを灰皿に置くと覆い被さってくる。

「お前の未来は俺の手の中にある。お前はもう自由じゃねぇんだよ。勿論、お前のココもな。」

彼の濡れた片手は下腹部を撫でた。その触り方は優しいのに、私に言い聞かせる目は凄んでいる。
私はこのヤクザに人生を絡まれている。どうしたって彼のやり方から逃げられない。非力な女は今まであらゆる手を使って生きてきた男には敵うはずもなかった。

ーー
「お前を連れて行きたくても横でそんな沈んだ顔されちゃ男の恥だよな。もう少し楽しく出来ねぇの?なんて、無理か。」

佐川の女になってから狭いアパートを引っ越し、広いマンションで暮らしている。大学も中退したのは、完全に居場所がなくなったから。
今は高い宝石や衣服を身につけ、まるで隠居している貴族のような姿になって生きていた。

「なんでこんな女が好きなのか、わからない。」
「そんな跳ねっ返りも好きなんだよなぁ。」

佐川はソファーに腰を下ろして窓辺に佇む私を見上げる。

「会ったときのお前の無邪気な笑顔がもう見られねぇのは悲しいけどよ、幸薄そうな顔で籠の中で羽を畳んでるお前も好きだよ。だって俺がそうしたんだからな。」
「…性格悪いって言われない?」
「はは、俺を怒らせたいの?俺を分かってる奴らが俺にそんなこと言うわけねぇだろ。」

嫌味を笑い飛ばされた。確かに窓に映る私は死んだ目をした白い顔の女。
人生が、崩れ落ちていく。積み上げられたものや、これからも当たり前に続くはずだった平凡な生活は、もう戻らない。街を歩く学生たちが珍しい生き物みたいに映った。

「愛してるぜ。」

いつのまにか背後に回った佐川が耳元で囁く。タバコの煙が濃くて、私にもまとわりつくようだった。

「もう折れっちまえよ。お前は俺から逃げられねぇ。俺に捨てられたらどうなる?居場所なんてないぜ?帰る場所も。お前も大人ならもっと器用に立ち回ってもいいんじゃねぇか?俺に甘えりゃ俺はお前にいくらでも金を出す。居場所だって与えてやれる。働かないでグダグダ生きられるんだぜ?」
「……。」
「…なぁ、俺にキスくらいしてみろよ。」

暴力的に人の人生を変えてから、私を閉じ込めた後に甘えてくる。近づく顔に顔を向けると目を細めてキスをした。一瞬驚いた顔の佐川を見る。驚きながらキスを堪える佐川の唇を噛んだ。殴られる覚悟で。

「ンッ!…ってぇな…ッ。」

凄みのある低い声がした。私は顔を離すと、佐川の唇から血が流れている。でも、彼は拳を握ることはなかった。

「お前くらいだな。女で俺に血を流させたのはよ。いつか寝首をかかれそうで怖いぜ、全く。」

寧ろ興味を持った瞳で私を見てると血の味のキスを続けたのだった。


end


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