支配者の束の間の安らぎ


「佐川さん!お待たせしました!」
「おーぅ。きたか。まぁ座れよ。」

佐川さんに久しぶりにおでんに誘われて喜んで走ってきた。彼は私を見るなり目線を木の椅子に向けて私に座るように伝える。私が息を整えていると、咥えていたタバコを灰皿に押し付けながら笑った。

「何だ。別に走って来なくてもいいだろ?そんなに腹減ってたのか?それとも俺に早く会いたくて?」
「どっちもです!へへ。」

素直に笑うと佐川さんはハッと下を向いて小さく首を横に振った。呆れたのか、面白かったのか。前者なら悲しいと思ったけど、顔を上げてこちらを見た彼は言った。

「ほんと、お前って面白いよな。毒がねぇっていうか。」
「色気もないんでしょ?」
「だな。そこがたんねぇなぁ。」

佐川さんは大将に私の好きなものと日本酒を頼む。おでんはすぐに出てくるから嬉しい。味が染み込んでいる卵と大根とがんが出てきた。

「おう。」

空のグラスを手渡され、熱い日本酒を注がれる。そして、コツンと彼のグラスと合わせて日本酒を飲んだ。

「んんー!久しぶり〜。」
「久しぶりの酒どうだ?美味いだろ?特に、こんな寒い日にはよ。」
「はい。最高ですね〜。佐川さん、しばらく見なかったですが忙しかったんですか?」
「そうだよ。面倒ごとがやっと片付いてな。漸くお前と酒が飲めるってわけ。俺も久しぶりの酒だからよ、たっぷり付き合ってもらうぜ。」

佐川さんはヤクザだけどこうして私を呼んで飲むときは怖くない。寧ろ自然にエスコートしてくれるし、ヘラヘラしてないどっしりしてるところが頼れて好きだった。…いろんな話も聞いてくれるし。

「…ふぅん。そいつは大変だったな。やっと職にありつけたってのに、急にクビ切られるなんてよ。まぁ、そんなろくでもねぇ場所にいても仕方ねぇ。縁が切れてよかったじゃねぇか。」
「そうですね…でも、また就活ってのがちょっと…。」
「なら、組のシノギとして下にやらせてる仕事があるけど、電話番として働けよ。月30ってところでどうだ?」
「え!?そんなにですか!?」
「前のところはいくらだった?」
「半分です。」
「なら決まりだな。明日にでも話伝えておくぜ。好きな時に働きに来いよ。」
「えっ、えっ?」

サラッと都合のいい話が舞い込んで動揺していると佐川さんはまるで力を見せつけるような笑みを浮かべた。その話はまた後で、と軽く流されて、他の話題を振られるので、それについて適度に話しながら酒を飲む。

「ほら、もっと飲めよ。お前、もっと飲めてただろ?」
「それで階段から落ちましたよね〜。」
「俺が受け止めたな。あれは驚いたなぁ。いきなりお前が覆い被さってきたからよ。大胆な女だと思ったなぁ。」

彼は酒を手に包みながら私に意味ありげな笑みを浮かべた。それは挑発のような笑みで酔っている私は少し勘違いをする。

「…襲われたいの?」
「おいおい。俺は襲う派なの。」
「…えっち。」
「あ?何だ、今のそそるじゃねぇか。もういっぺん言ってくれよ。」
「何だかご機嫌ですね?」

彼は少し前のめりになりながら私を見つめる。微かに笑っていて何だか楽しんでるみたい。

「そうだよ。ご機嫌なんだよ。…●ちゃんさぁ。俺、神室町の支配者の1人になったんだよ。」
「え?支配者…?えーっと?」
「まぁつまり、この町で好き勝手にできる男になったってこと。支配者は他にもいるからバカはやってらんねぇけどな?ただ、お前を連れ回してても誰も俺に文句言えないってことだ。」

ピンと来ない話だけれど、佐川さんは知らぬ間に権力者になっていたらしい。でも私の目にはいつもの佐川さんに見えて何も変わらない。

「だから、●ちゃんの仕事をクビにすることだって出来んのよ?俺の一言でね。」
「…え。…いや、でも、流石にそんなこと無理ですよね?」
「言ったよね?俺はこの街の支配者の1人だって。●ちゃんが神室町にいる限り俺は●ちゃんのこと好きに出来ちゃうんだよ?例えば、自分のシノギで働かせるとか。」

本気だとわかるような鋭い目つきと声になる佐川さん。ぽかんと口を開けてると、彼はフンッと笑うと私の肩を抱いて引き寄せる。

「な?すごいだろ?」
「す、すごい。こんな人初めて。…でも、」
「でも?何だ。」
「それなら、私が就活する前から支配者になってほしかった。」
「はは!お前、それはわがままってやつだよ。俺だってここ暫く生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだぜ?俺の手下がしくじってたら俺は今頃地獄にいただろうな。」

胸の奥の重いものを吐き出すように、彼は空を仰ぐようにのけぞる。彼の横顔は水面から顔を出して息を吸う人みたいにやっと楽になった人のようだった。

「つうことで、●ちゃん、明日からよろしくな。」

いきなりの話で気の利いた言葉は出てないけれど、彼がこんなにさっぱりした話し方をするのは初めて見た。肩の荷が降りたと言う表情で、私まで嬉しくなる。
佐川さんのために働くのもいいかもしれない。

「よろしくお願いします。」
「俺は明日から●ちゃんの上司ってわけだ。困った時はすぐに言えよ。」

佐川さんは口角をあげて笑う。澄んだ瞳を見つめて笑い返すと、彼は日本酒をもっと頼んだ。

「さ、就職祝いだ。朝まで付き合ってくれるよな?」
「そんなことしたら明日遅刻しちゃいますよ!?」
「夕方にでも顔出せよ。ま、初日くらい気楽に行こうぜ。」
「気を抜きすぎですって〜。」
「硬いこと言うなっての。俺は今機嫌がいいんだから、このまま気持ちよくいさせてくれよ。」
「じゃあ、潰れるまで飲みましょうか!」
「あいよ。」

くすくす笑う私たち。コツンとグラスが再びぶつかり、彼の顔が赤くなるほどその日は酒を飲んだ。潰れるまで、とは言わなくとも、彼が自分を支えるために私の肩を抱きながら屋台を出たのは午前2時半のことだった。

「お前がいるとやっぱり酒がうめぇ」

別れ際に頭をポンポンと叩かれながらそう言われて、胸の奥がジーンと熱くなる。こんなに崩れて、本音がポロポロと出てくる佐川さんは珍しく、新鮮で、口には出さないものの、愛おしく思えてしまった。


end

明日からこの人のために働こう。



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