上達しない方が吉


「うーーん。」
「うーーん。」

桐生さんとビリヤードをすると2人して唸る。なぜかというと、どちらもビリヤードがど下手くそでなかなか勝敗が決まらないからだった。

「あのミカンが入らないっ!」
「3番ってことだろ?」

foulになって桐生さんの番になるんだけど、桐生さんも外したり、foulになってまた下手くそな私の番になるけど、狙ったものが入らない…そんなことを続けているうちに2人して真剣になりながらもどこか終わらない遊びに飽きていった。

「ああ、疲れた。」
「やめるか?俺たちにはまだ早かったらしい。」

ムスーっとした桐生さんと一緒に店を出ると、仕事以上に疲れた気分になって肩を回す。

「ビリヤードってのは思ったところに飛ばないもんだね!入ると思ったのになぁ。」
「いつか再挑戦しねぇとな。」

自分の手のひらを見つめながら話す桐生さんは本気だった。彼は喧嘩は強いし冷静だし信念もあるからなんでもできるのかと思ってた。でも、私と同じでビリヤードだけは下手くそだった。そんな唯一の弱点がわかると今までよりも親しみが湧く。

「なぁ、●、最後にこんなパッとしねぇ終わり方は気持ちがよくねぇ。どこかスッキリすることをしねぇか?」
「いいね!バッティングセンターとかカラオケとか?」
「そうだな…カラオケなら間違いはないだろう。いいか?」

その日、桐生さんと私はストレスを発散するかのように歌って騒いで家に帰った。

そんなことを真島さんに話したら、目を丸くした。

「桐生ちゃんがビリヤード下手くそなわけあるかいな!それ、ほんまに桐生ちゃんやったんか?嘘やろ。わしと桐生ちゃんはビリヤードの達人やで?」

嘘つけや!という目で私にいう真島さん。私はその言葉が信じられない。だって昨日はお互いまっすぐ球が飛ばなかったし、何度もfoulばかりしていた。お酒も入ってなかったのに…。確かに彼はど下手くそだった。

「それは、きっとあれや。桐生ちゃんがど下手くそなお前に合わせて下手な真似したんや。桐生ちゃんなりの優しさやで。」

真島さんからそう言われて、納得できるようなできないような…。うーんと唸ると真島さんは今夜桐生さんとビリヤードで遊んでくると言って彼を探しに行ってしまった。

そして、翌日。

「ほれな、わしの言った通り。桐生ちゃんめっちゃビリヤード強かったでぇ〜!さすがは桐生ちゃんや!ヒヒっ、桐生ちゃんはお前に優しい男を演じただけや。」

そういうことなのかー。と、やっと納得した私はどこかくすぐったい気持ちになる。まぁ確かに桐生さんがあんなに下手くそなわけないよね。でも、そんなふうに気を遣ってもらってたなんて…なんか恥ずかしいなと思っていたらポケベルがなった。桐生さんが私を遊びに誘ってきた。
今日はどんな反応をするのかとビリヤードに誘ってみた。

その日も下手くそ桐生さんだったけど、思い切って真島さんとのビリヤードについて話してみたら、ピクッと眉が動く。そして、私の疑問に気づいた彼は、ふっと息を吐いてから9番の球をキスショットで入れてしまった。

「別に、騙してたわけじゃねぇよ。…ただ、俺も下手ならもっと長く遊べるだろ?」

口角を軽く釣り上げる彼はどこかかっこよく。ずるいなと思う。私は怒る気もなく、むしろ桐生さんの甘えがむず痒くなりつつも嬉しく思った。

「じゃあ、桐生さん、コツ教えてよ。上手くなるコツを。」
「ああ、任せな。俺がきっちり面倒見てやるぜ。」

桐生さんは自分のキューをおくと私の背後に回って構え方を教えるために体を重ねた。ゴツゴツした胸板が背中についたと思うと、前屈みにさせられて背中から彼が軽くのしかかるような姿勢になる。

「いいか?まず右手を…」

いい声が耳元にして集中出来ない…!
結局、私はあまり上達しなかったけれど、この方が彼の体温やいい声を長々と楽しめていいのかなと思った。


end


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