尻に敷かれる


ドラマみてぇな恋をお前が夢見てるんなら、もう叶えられそうにねぇや。

世間でいう恋愛は俺にとっての茶番に近いもんだ。会えない時間を思いやったり、我慢したり、恋しがったり、声が聞きたくなって思わず電話したり、時には喧嘩したり、不安に思ったり、仲直りしたりって…そんな恋は俺はできそうにねぇよ。

お前はそれを望んでるみてぇだけどな?

●にそう言った時、図星を突かれたように困った顔をしたが、●は健気に自分の夢を捨てた。俺という男の女になるために、俺が提案したルールを守らせることにした。といっても、内容は単純だ。
俺が連絡を入れた時は必ず返事を返すこと。電話ならその日のうちに折り返すことだ。なにせ、俺は極道の人間だからそんなに暇じゃない。カタギの男女みてぇにいつでも会えるわけじゃねぇ。そんな中で連絡も取れねぇなんてのは恋人としては致命傷だろうからな、そこんところ●にしっかり守らせることにした。勿論、俺も守る。

「ふふ。司さんは真面目だよね。」
「そうだよ?」
「最初、ルールだなんて言われたからビックリしちゃった。」

何かしらのやりとりを毎日続けていた俺たちは、そこそこうまくいってるらしい。あいつは俺からの電話にいつも喜んで応えていた。会えないことがわかってんのに甘えた声出すのは可愛いもんだったし、電話を切るときに後ろ髪を引かれる気持ちにもなった。またな、と受話器を置くときは正直辛かったなぁ。

ドラマみてぇな恋なんて…する気はなかったんだけど、しらねぇうちに誰よりも真面目に交際してるんだ、笑っちまったよ。

だが、そのやりとりが最近滞ってる。ここ5日前からどうも返事がこねぇ。半日待ってもこねぇから心配でアパートに行ったら疲れて寝てたとかなんとか。そのわりには酒の匂いがしたもんで、仕事仲間と飲みに行ってることは大方見当がついた。問題はなんでそれを隠すのか、隠してる気がねぇにしても俺より優先してる理由がなんなのか…それが気になって夜も眠れねぇ。

ーー

ー おいおい、お前いつまで忙しいんだよ。ほんとに忙しいの?…ふぅん。でもよ、俺言ったよなぁ?3日に一度くらい連絡よこせって、あれ忘れた?…はいはい、謝るんなら会える日を教えろよ。で?いつなの?来週?…おう、忘れんなよ。

俺は待たされんのはあんまり好きじゃねぇんだ。まぁ、せいぜい待てて3日ってところか。組のもんじゃねぇお前に罰は与えられねぇから警告で我慢しといてやるけど、あんまり蔑ろにされんのは好きじゃねぇよ。当たり前だけど。

「はっ。女ってめんどくせぇなぁ。あんだけ会いたい会いたいって騒いだと思えば今度は今は無理今は無理ってよ。勝手すぎねぇか?」
「そ、そうですね!オジキを待たせるなんて俺には考えられねぇっす!」
「だよなぁ?…躾が必要かな。」

俺の頭じゃどうも主従関係が出来あがっちまってるから、いくら可愛い恋人とはいえあんまり勝手が過ぎると躾けたくなって仕方がねぇ。それに、カタギの人間はゆるくて好かねぇ時がある。って言っても、結局惚れた弱みで俺はそこまで強く出られねぇんだけどなぁ?あーあ、めんどうで仕方ねぇや。

結局のところ、あいつの声が聞きてぇし、他の男に手に渡らせたくもねぇ。俺はめんどくせぇなぁと思いつつ、飢えたまま来週会えるのを楽しみにしてた。

ーー

「よーぅ。久しぶりだな。半月くらいか?」
「司さんっ。待たせてすみませんでしたっ」
「まぁいい。ほら乗れよ。飯に行こうぜ。」

●を隣に乗せてタクシーを走らせる。
久しぶりの●は少し痩せていた。こりゃ、本当に仕事で手一杯なんだろうなと、俺は久しぶりの女を見つめていた。

「司さんが久しぶりで…少し緊張します。」
「え、何?それは男として?」
「ふふ。それもありますが、やっぱり極道の人って見てて風格が違うというか、緊張感もちますね。」
「は?今更何だよ。でもよ、緊張感持つ割にはポケベルの反応は悪いし、電話ではやけにあしらい口調だよなぁ?」
「ああ…、それが…最近仕事でミス増えちゃって…なんだかそっちのことしか考えられなかったんです…ごめんなさい。」
「なら仕方ねぇか。でもよ、俺はお前の男なんだから、愚痴でもなんでも聞いてやるよ?」
「ありがとうございます…今度話しますね。」
「だから、お前の今度っていつだよ。」
「今はせっかくの2人の時間だから、楽しく過ごしたいんです。」
「ん。…はいはい、わかったよ。」

うまくかわされてる気がするんだよな。俺の気のせいかな?…●はあんまり弱みを見せる女じゃねぇから、俺に仕事の失敗を話したかねぇのかな。…付き合ったってソコはかわんねぇのな。
でもよ、俺には暗い話でもしてもいいんじゃねぇの?…と、言いたくなったがあえて言わず、メシを食いにいく。●が喜びそうな肉料理を食わせてやれば●は喜んだ。痩せの大食いとは言ったもんで、よく食うよなぁと笑っちまった。幸せそうな目をしやがって…何でも貢ぎたくなる。

そのあとはホテルに向かった。俺の隣で夜景を見ながら他愛のない話をする●の言葉にタバコを吸いながら耳を傾けていた。片手で●の頭を撫でてやると目を閉じて身を委ねてくる。身を寄せて安心したように深い息で黙る●を見てるとこっちまで寛いじまうんだ。

「お前さ、俺に飽きたりしてないよな?」
「え?急にどうしたんですか?そんなわけないですよ?」
「ならいいけど。」
「…変な司さん。私、今日あえてすごく嬉しいのに…何でそんなに疑うんです?」
「俺の気のせいかな。付き合いたてよりもお前が甘えてこねぇからさ。ほら、倦怠期っていうだろ?」
「…あー、でもそれは、安心してるっていうか…司さんとこれからもお付き合いしたいし、できるかなと思ってるから焦ってないっていうか…。別に嫌いになったとかじゃないんですよ。…司さんはどうですか?」
「ん?俺?そうだな…。」

タバコを灰皿に置きながらゆっくり考える。俺は寧ろ、こいつが気になって仕方ねぇんだよな。電話の数も減ったし、返事もおせぇし、仲間と飲むわりに俺とは飲まねぇし。

「俺か…はは、俺は逆だな。」
「ん?」
「…俺はさ、…お前が遠くにいる気がして落ち着かねぇんだよな。」
「司さん…。そんな風に思ってたなんて…、なんか、意外です。司さんは前に言ったじゃないですか。私にはドラマみたいな恋は期待するなって。それなのに、」
「ふんっ…俺の方がすっかり溺れちまってるって?」
「その通りですね!」
「なら、責任取れよ。」

●を抱きしめてソファーに押し倒した。目を丸くした●は顔を赤くして暴れる。といっても、本気で抵抗してるわけじゃねぇな。遊びみてぇに照れながら手振って俺を軽く叩いてた。ああ、なんだろうな。可愛いなぁ…なんて、鼻の下が伸びちまう。

「司さん。私とドラマみたいな恋、したくないですか?」

…キラキラした目で俺を誘う。何言ってんだとは言えず、寧ろコイツと無駄に悩んだり、一喜一憂したり、焦ったり、振り回されたり…年甲斐もなく1人の女中心に生きてる自分が簡単に浮かんできた。
…あーくそ。なんだろうなぁ、妙に悔しいんだよなぁ。言い返せねぇところも、頭があがらねぇところも、拒めねぇところも。

「もうしてるよ。お前より先にな。」

負けたよ。お前という女に、俺はもう虜なんだ。自分では線引いて割り切ってたくせに、しらねぇうちにのめり込んでた。今から見栄張ろうとしたって無駄らしい。お前は大した女だよ。

「なぁんだよ…っ、その勝ち誇った顔、悔しいねぇ。」


俺はお前にぞっこんだよ。


end

「お邪魔します。」
「●姐さん!お疲れ様っす!」
「おお、来たか。おい、こいつの分の茶いれてこい。」
「はい!」
「もう帰るから待ってろよ。」
「はい。」

●は佐川組の事務室によく出入りしていた。基本的に佐川の仕事が終わるまで個室で本を読んで過ごしているが…今日は面白い話が聞こえた。

「オジキ、●姐さんにベタ惚れだなぁ。」
「前なんて●姐さんを躾けるとか、女ってめんどくせぇって言ってたんだけどな。」
「しー!聞かれたら殺されるぞ!」

●はニマッとしてしばらくして自分を呼びに来た佐川に聞いてみた。すると、

「…あ?誰それ。誰が言ってたの?」
「さぁ?それよりほんとですか?私のことめんどくさいって。酷いですね。」
「ぁー、そりゃ、あれだ。」
「司、さん?」
「……言った。確かに言ったけどよぉ…!?本気じゃねぇし、お前から連絡が滞ってたときのことだ。…不安だったときについな。今はめんどくさくなんてねぇよ?本当だよぉ?」

あの佐川が苦い顔で弁解をしてる。●はそれがすごく楽しく、笑って許してあげると佐川は息をつく。

「帰る前にそいつをしばいてくる。待ってろ。」

一方の佐川はドス黒いオーラを醸しながら思い当たる部下をぶん殴りに行ったのだった。




ALICE+