鋭い先手


上司の立華とプライベートで過ごしていた●。のんびりと話をしていたら、会話を遮るように電話が鳴った。立華に一言断ってから電話に出た●の顔色が変わったことを立華は見逃さなかった。電話口の相手とはいかにも話したくなさそうな声を出す●。

ー ああ、母さん…ごめん今は…。

電話越しの相手を察した立華は神経を研ぎ澄ます。●は電話を持ち運びながら廊下へわざわざ移動したので、立華そっとテレビの音量を下げて彼女の声に耳を澄ました。

ー だから、しつこいって。私は見合いなんて受けないから。…何でいちいちそうやって押し付けてくるの?ほんとに…っ。

なるほど。と彼女の困った顔を理解した立華は立ち上がって廊下に出るとゆっくり●の手から電話をとった。●は驚いたものの、止める間も無く彼は口を開く。

「急に失礼いたします。…●さんの御母様でしょうか?私は立華鉄と申します。神室町で不動産屋を営んでいるのですが…、はい、今ちょうど娘さんと夕食をとっていまして…。そうですね。一応そういうことになります。いつかはご挨拶にと思っていたのですが、仕事で時間が取れず、このような形でご挨拶となり大変失礼致します。」

スラスラと話す立華に、●の目は点になる。彼の口ぶりからして、自分の相手を装ってくれているらしい。これは…おかしなことになりそうだ、と慌てるが彼は流れるように電話を切った。

「あなたの恋人だとお伝えしました。即興です。」
「ど、どうしてですかー!?」
「あなたが困っていたようなので。」
「信じてしまいましたよね?うちの母!」
「そうですね。ですが、現実にするのも手ではないでしょうか?」
「…?!」

さらっとすごいことを言う立華に●は言葉が出ない。そんな彼女をとりあえずリビングへ連れて行く立華は何を考えているのか。…2人はただの上司と部下のはず。プライベートで食事をしているものの、そこに裏も秘密もなかった。今までは。

「も、もう、立華さんったらー!ほんと、何でも考え付いちゃうんだから。」
「私は目先の話など考えていませんよ?お母様を騙す気もありませんし。」
「…!?」
「あとは貴女次第といったところですかね。」

彼の一言一言が爆弾だが、当の本人は静かに目を伏せてワインを口に運び、下げたテレビの音量を上げた。●は信じられないと言う顔でこの不思議な上司を見つめていた。

●はとんでもないことが起きたとは思っていたが、あの立華不動産の社長が自分と縁を結ぶなんて現実的じゃない。彼の口にしたワインのせいで大胆なことをしたんだろうと思っていた。全ては酒のせいかと。それが一番辻褄が合う。…と、何とかその時は現状を納得しようとしたのだが、

「えー!?しゃ、社長!?実家に行ったんですかぁあ!?」
「はい。ご両親にお会いしました。素敵な方でしたよ。」

恐るべし立華鉄。彼はものの3日で当人そっちのけでどんどんことを進めて行ったのだった。
彼は●の実家を突き止め、挨拶に行った。もちろん彼にしか用意できないような"手土産"を持って。●は親の驚いた顔が目に浮かぶし、クラッと目眩がした。…絶対親は手放しで喜んだに違いない。玉の輿に乗ったと思わないわけがない。

「ちょ、いいですか!?」

必死の●はやや乱暴に彼の腕を掴むと社内の空き部屋に連れ込む。彼はされるがまま自分の部下に引きずられて壁にドスンっと押し付けられていた。尾田がいたら絶対に●を止めたほど、立華を壁に押さえつける●の力は強かった。

「はい、何でしょうか?」
「立華さん!本当、このままいったら取り返しつかなくなりますよ!?親のことは何とかしますからもうこんなことしないでください!」
「こんなこととは何のことでしょうか?」
「だ、だから、私の恋人のふりですよ。いくら何でもやり過ぎです!本当に親が本気にしますし、もうっ、なんというかっ、婚約者みたいに捉えちゃうかもだしっ、後々訂正しにくくなります!」
「貴女は私とお付き合いすることは考えられませんか?」
「え!?そ、…そ、それは、…ええっ!立華さんほどの人と私なんて、月とスッポンですし…むりですよ!?」
「私は構いませんよ?貴女となら。」

彼は落ち着いた声で自分の腕を握る私の手をそっと握った。彼の急なアプローチに目を丸くして、耳まで熱くなった●は狼狽えて後ずさるが、彼は●の手を離しはしない。

「私はね。いくら●さんが困っているからといって、助けるためにご両親に手土産を持って挨拶にいくほどお人好しじゃありませんよ。私は常に自分のために行動します。それはもうご存知のはずでしょう?」
「え、え、…えっ?」
「寧ろいいタイミングでした。貴女との関係をご両親を介して一気に築き上げて仕舞えばいいんですよ。」
「!?」

この男、そうか、そうだ。見た目と雰囲気とは裏腹にこう言う男だった。利用できるものは利用して、大胆不敵に目的を果たす。いつもクールで淡白な瞳で隠された裏の顔があるのだった。

「私は随分とご両親に気に入られたようでしたから、もし私を断るようでしたら彼らを納得させるそれ相応の理由をつけなければなりませんよ。」

忠告とばかりにそう告げた彼はそっと●から手を離して余裕たっぷりに部屋を出て行った。●は自分の親と上司が結託している図が恐ろしく、どうあがいても勝てないことを悟ったのだった。

それから数ヶ月後、立華に連れられてレストランに向かったのだが何故かそこには●の両親がドレスアップをした姿でテーブルの椅子に座っていた。た、立華さん!?と立華に目を向けるが、もう●の味方はおらず、一歩も退けない祝福ムードが漂うディナーを身を縮めて過ごしたのだった。


end


「ま、まって、私の人生今どうなってんの?何が起きてんの!?どこに向かうの!?」
(もう逃げられませんよ?)



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