悪気のない彼女


「佐川さんが若くなくてよかったです!だって、ほら、頭も切れてベビーフェイスで強くて金持ちの若い男がいたら人気出るじゃないですか!それこそ年上の女性とかにはちやほやされたりして…。それだと私なんて到底叶わなかったはずだから、おじさんでよかった!」
「お前それ褒めてんの?貶してんの?」

いきなり捲し立てる●はおかしな女だった。まぁ、でも、嫌いじゃねぇよ。●は俺にベタ惚れの女だし、いつもこんな調子だから慣れちまった。

「お前、ほんと俺のこと好きだよなぁ。俺が若くなくて安心したなんて言う女初めてだよ。」
「はい!佐川さんはこれからだんだん渋くなってどんどんかっこよくなりますよ!楽しみっ。」

どうしてこんなに愛されんのかねぇ。俺にはわかんねぇよ。別に特別に可愛がった覚えはねぇし、貢いだわけでもねぇ。ただ●が俺に一目惚れをしてそのまま飽きずに今日まで誉め殺しだ。気持ちに応えてやるつもりでたまにこうして飯に呼ぶと喜んでついてくる。

何度かこのままホテルに連れて抱こうと思ったが、●はそこまで望んでいねぇらしい。ただ俺とこうして時間を過ごす。たったそれだけのことでこいつは満足して帰る女だった。それがちぃとばかし癪でよ。たまにはいいよな?そんなに俺が好きなら攻め込んでも。

「ほら、もっと酒飲めよ。いつもあんまり酔わねぇじゃねぇか。一度潰れたところを見たいモンだ。」
「潰れると後が大変じゃないですかぁ。」
「安心しろ。俺がちゃんと介抱してやるよ。」
「佐川さんこそ潰れませんよね?たくさん飲んでるのに。」
「こんなんで潰れねぇように仕込まれてんだよ。…ほら、これなんか良いぞ。」

度数の高い酒を頼んで飲ませる。流石にウォッカはきつかったみてぇだ。舌が回らなくなり、目が据わり始めた。やたら水を飲みたがるが、水割りの日本酒を渡すともう立てなくなった。

「…さがぁさ、…。」
「おお、すまなかったな。つい組のモンと飲む勢いでお前にも飲ませちまった。大丈夫か?便所に行くか?」
「…い、いや…まわる…。」
「ほら、捕まれ。…さて、約束通り介抱してやるよ。」
「まっで。」
「あん?」
「いや、帰りたくなぃ…そばにいて…さがぁさん。」

酔った勢いか、●は俺に抱きつくと席に座らせる。ソファーに再度腰を下ろして、仕方なくその場で●を抱き寄せた。まぁ、これもいいか。首に抱きつく●を膝の上に乗せて寝る手前の男と女って雰囲気もたまにはいい。

「帰りたくないなんて、ずいぶん大胆だな。誘ってんの?」
「さがぁさん、このままねる…。」
「寝るんならベッドが必要だろ?おぶってやるからホテルに行こうぜ。な?」
「あす…しごとが!またこんどに!」
「何言ってんのお前。帰すわけねぇじゃん。」

悠長なことを言ってる●をおぶってホテルに向かおうとしとたら、俺のポケベルがなる。
若いやつがヘマしたらしい。ああ、畜生。よりによってこのタイミングでかよ。

「悪ぃ●。今日はお前一人で寝てくれ。タクシー代やるからちゃんと帰れよ。」
「はぁい…また、また。」
「はいはい。…悪かったな。埋め合わせはするぜ?」

酔っ払いをタクシーに乗せて、最後に唇をツンツンとつついてあやしてやった。大丈夫か?と後ろ髪引かれるが、俺は組に向かう。


そんなわけで、不発に終わった俺たちだ。俺は今度はと思ってまた飯に誘う。その夜は女が好みそうな洒落た店に連れて行ってやった。
●は満足しているみてぇだが、色目を使うわけでもなく、前と変わらずに俺が好きだなんだと抜かすわりにはどういうわけか深まらねぇ。

「もうこんな時間ですね…帰らないと」
「え?お前明日早いの?」

終いにゃ、こんな時間だから帰りますだとさ。勘弁してくれよ。下の階、二人分の予約取ってんだぞ。

「はい!帰ります!」
「お前さぁ…ほんと…何なの?」
「すみませんっ。でも、すんごく楽しかったです!またご一緒したいです!」
「俺はまだ足りねぇんだけどな…、で、今度いつ空いてるんだ?朝まで空いてる日を教えてくれよ。」
「朝まで?ああ、そうですねぇ。今月は多忙期だから難しいですねぇ。」

おいおい、待てよ。これじゃあ、まるで俺が飢えてるみたいじゃねぇか。
そもそもだ。こいつの方が俺に惚れて好きだ何だとまとわりついてきたっていうのに、飯に誘っても朝まで過ごさずに帰るなんてよ。あんまりじゃねぇか。

「お前ってわけわかんネェ女だよな。 」
「え…わかりにくいですか?」
「だってよ、何で好きな男と朝まで過ごしたくねぇんだよ。つまり、俺で遊んでるってこと?」
「い、いやいや、そんなわけないですよ!?私は佐川さんの渋さや話し方が好きで好きでたまりません。とても大好きなんですよ?だから、こうしてご飯食べてもう幸せっていうか!」
「俺の女になりたくねぇの?なりてぇの?どっちなの?」
「…え!?…恐れ多いですって!私にしてみたら手の届かない俳優やアイドルなんですから!こうしてそばにいられるだけで夢見たいっていうか!」
「ぁー。」

めんどくさくなって強引に●を抱き寄せる。叫んだ●は俺の腕の中で俺を見上げた。
そう。俺はこうしたかったんだよ。自分でもしらねぇくせに、この女が気に入ってたんだ。いつもその気にさせるくせに逃げるわけわかんねぇこいつに分からせたい。

「責任取れ、責任。俺を弄びやがって。」
「…佐川さん?…あのー、もしかして、…私のこと好き?」
「だったら何だって言うんだよ。」
「はわわわぁ〜!」
「は?」
「佐川さんんんっ、そんな、嬉しい!嬉しいです!だって私たち年の差すごしい、堅気だし、無理だって思ってたから。」
「やっと分かった?ま、俺も最初は手をださねぇようにしてたけど、まぁお前みたいな女は初めてだし、勿体無いじゃん。みすみす逃すなんてさ?」
「う、うれしい!夢見たい!さがわさぁんっ!」

●は興奮して口を寄せてくる。俺は片眉を上げて上機嫌で答えると●とキスをした。
はは、全くわけわかんねぇよな。結局どっちが惚れてんだか。まぁ、いいや。晴れて恋人になった俺たちだ。もういいよな。今までの分…キッチリ払ってもらわねぇと。さて、今夜は寝かさね…、

「さて!とりあえずもう帰らないと!!またデートしましょうね!!」
「………、…お前、本当に俺のこと好き?」


どっかで優先順位が狂ってる●にこれから悩まされるのは容易に想像がついた。


end

「またね!佐川さんっ!大好きですよー!」
(なぁんか…腑に落ちねぇんだよなぁ。)

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