思い込み、考えすぎな私の憂鬱


彼に甘えたい気分だったから、そっと真島さんの背中に体を寄せてみた。彼はびっくりしたらしく、大きく動き、何やねん!?と振りいたので私は体を離した。
大きく見開いた片目を見つめ返すと彼は顔を硬らせて口をパクパクあけるばかり…。
そんなに動揺しなくても…と私は苦笑いして更に離れた。

「な、何や、転けたんか?」
「かもしれない。真島さんの背中があって良かった。」
「お、おう。怪我ないか?」
「うん。」

脈なし。はい、終わり。
…いいよ、別にすごく期待したわけじゃないし、疲れてる頭が誰かに寄り添いたくて、欲しくなったんだと思う。そして、私は相手を間違えた、それだけのこと。
眠いし、明日は休みだし、今家に帰ればたくさん眠れるし早く帰ろう。

「私帰るね。」
「送るで。女の一人歩きは危ないで。」
「タクシーで帰るから。」

突き放すように背中を向けたのは私の中での女の意地か。やっぱりさっきの瞬間は面白くなかった、とタクシーの後部座席にお尻を乗せた時に感じた。
…真島さんに惚れてるほど好きじゃないけど…、そこそこ仲がいいと思ってたから。二人きりでご飯食べてお酒飲んで私の明日はフリーだっていう最高のシチュエーションなのに、何も起こらないで終わった…いや、むしろ触れたら死ぬほど驚かれて終わったなんて。仕掛けて損した私は惨めだった。タクシーに揺れながら、ネオン街を抜けて、暗いアパートのドアを一人で通り抜けたあとは何も考えずに寝入った。

翌朝、いや、昼過ぎまで爆睡した私はだらだら起き上がった。そして、昨日の負けを思い出して少しだけ傷ついてから、よくあんな訳の分からないアタックかましたなと自分に呆れてしまった。

携帯には勿論彼からのメールさえない。もはや、引かれたんじゃないかな?

「…ふふ。ばーか。」

別にいいさ。私は真剣に惚れてなかった。ただ、信念があって面倒見がよくて、一緒に遊ぶ時間は楽しい人だった。ただ、それだけ。
寝癖だらけの髪をかきながら、一人の休暇を堪能した。

ーー

その週は淡々とすぎていったように思えるのは、そうか、週一の真島さんとの食事が入ってないからだ。いつもなら、水曜日くらいに向こうから連絡が来て気軽に遊びに行くけど、それがなくて、もう金曜日だ。
警戒されてるか、嫌がられてるか。所詮、距離感を失えばサヨナラなのか。と死んだ目で仕事場の天井を見上げて伸びた。

そして、これを機に、私は嫌われたと理解して彼に関わるのはやめようと決めた。避けられてる私から連絡入れたって仕方ないもの。というか、連絡入れたところで断られるか無視されるかだろうし。

…友達としてももう会えないわ。…つまんな。私のアホ。

心がモヤモヤして、どこか悲しみまで感じてきて、その夜はバーに入った。
携帯を見ながら隅の席で1人酒。誰かを待ってるわけじゃない。声をかけられるのを待ってるわけじゃない。ただ、何かから気を紛らわせたかった。痛みを酒で麻痺させようと。
ただ、1人で暇を潰すのも限界だから、友達でも誘おうかと思って連絡先をスクロールしてたら、

ー 今暇か?

と、まさかの彼からメールが来た。
その瞬間、私は自分でも異様なほどテイションが上がった。嫌わられたと思ってたのに!?
慌ててメールを返そうとする元気な私だけど…待てよ、と考える。…例え、今から飲まないか?と誘われても私は楽しめる?あの時曖昧にしたものの、私は彼からそこまで受け入れられてない女で、彼とは今後も飲み友達として関わらなきゃいけないのなら…それは楽しい?我慢してお友達を続けなきゃいけないし、どれだけ期待しても、自分が求めても、彼はきっと受け入れない。

また、気まずくなって終わるのかもしれない。だんだん会うのが辛くなるかもしれない。
…私が、もう彼はただの友達だなんて思えないせいで。

…、もう認めなきゃ。
やっぱりあの日の私は彼を求めてて、あの時に生まれた壁に傷ついてる。

(…やめよ。)

はぁーと、画面前でため息をつく。さっきの私は嬉しくて元気になれたのに。今の私は一気に年老いた人間みたいに気だるくて、気が重い。 ただ、とりあえず…、

ー 今日は暇じゃないです。すみません。

と、大嘘の返事を送ると、暫くしてから返事が来た。

ー おう。ええで。

と。それだけ。
私が断ったことで他の女に隣の席を譲ったのかもしれない。…いや、いやいや、ほら、だから何この考え。私はただの暇つぶしの友達なんだってば。
…完璧、まだ意識してる。だめだ。
頭を抱えながら、彼の返事に返事をしようか迷って…でも、もういいやと思ってモヤモヤしながら返事はしなかった。

ーー

その後も真島さんからのメールを少しだけ期待しながらも、何もない日が過ぎた。結局はあの夜の私がぶち壊したんだなって。いや、連鎖した。メールで嘘ついた時の私も、自分からメールを送らないことも、全て…、全部。
関係をなくそうとしつつ、都合よく彼からメールが来ることを期待するという意味不明なことをしてる。

もう忘れろ…忘れろ忘れろ。…もう辛い!忘れろ!

「…はーー、疲れた。」

誰に言うでもなく、退勤後の道端で大きな独り言を呟くと。

「お疲れやな。」

幻聴か知らないけれど真島さんの声がした。私はやばすぎる。子供の頃からの考えすぎで心配性な性格は我ながらめんどくさかったけど、流石に言って欲しいことや会いたい人物の幻聴が聞こえるレベルになったのならそろそろ精神科とかに相談した方がいいんじゃないかな。

「って、無視すんなや!」
「ヒッ!?」

背後からいきなり肩を握られて驚いた。振り向けば、久々に見る真島さんがいた。わぁー!と悲鳴をあげると数人の人が振り向くものの、女に絡んでいるのがヤクザだとわかればみんなさっさと逃げていく。

「…あ、久しぶり。」
「…ぉ、おう。久しぶりやな。」
「……。」
「……メシ、いくで。」

目を少し逸らしながら彼は言う。肩から手を退けて私をチラッと見ながら歩く彼。この雰囲気どっちだろ?警戒してるのか。何かを期待してるのか。
…私はわからないけど、すごく…独特の雰囲気が流れてる。前とは違って初々しいような、緊張感が漂ってると言うような。
この緊張感…はやくとりたいな。もう、負けを認めて…謝ろう。

「…あの、真島さん。」
「ん?何や。」
「…あの時はごめんなさい。」
「あの時っちゅーのは…。」
「背中に当たったこと。」
「当たったくらいならええ。」
「……(当たったくらい、なら…って)。」

故意に触れてたのなら?彼は怒るのかな。…はぁ。…いや、そう言うことでしょ、この言い方は。…はぁ。
だめだ。辛くなってきたから、やっぱり帰る。帰らせてください。

「…ごめん。」
「…ええて。」
「今日は帰る。」
「そら、あかん!」

ガシッと肩を掴まれて何故か向き直される。え?と顔を向けると、彼は真剣な目で私を見下ろしていた。

「わしは…もうあんな、情けないことしとうないんや。」
「情けないこと?」
「わしが驚いたからお前嘘ついたんやろ?」
「!」
「すまんかった。ただ、お前からあんなことされるとは思っとらんくて「も、やめてよ。ほんと。すごく恥ずかしいし、…あれは、蒸し返して欲しくない。」
「俺の話、終わっとらんで。」
「…っ、あれはもう無しで…。」
「有りやろ。大有りや。…黙ってくれんなら、その唇塞いでまうで。ええんか?」

意外な言葉に口を閉ざした。彼は音もなく笑うと私から手を退けて、

「あれからお前のこと意識して意識して頭おかしくなりそうや。責任とれや。」
「え!?」

ビシッと指を突きつけられて、どんどん顔に血が昇っていく。…こ、これは一体。でも、真島さんの目はかなり真剣で嘘言ってるわけじゃないみたい。
私を指していたその指は開かれて、彼は胸を押さえながら続ける。

「吾朗ちゃんのハート盗んどいてもうタダで帰れるわけないやろ。言い訳は聞かへんで。あれが例えほんまにコケてわしの背中に当たってたとしてもや、わしはもうその一撃で全身痺れたんや。わしを惚れさせた責任、有無を言わさず取ってもらうで!!」

ビシッとまた指を突きつけられる。
え、これは、夢じゃないの?ほんとうに?…あ、あ、と私はとろけるように喜びから体の力が抜けいった。ただ、腰が抜ける前にちゃんと言わなきゃいけない。

「と、とる…責任、取るよ。」

顔が熱かった。ここ2週間ほど、私はもうダメだもうダメだと鬱々と苛々としていたけれど、本当は終わりなんかなくて、私の望んだ先がちゃんと続いていた。

思い込んで馬鹿みたいだ。あの時の私はちゃんと言えば良かったんだから。

彼とこれから過ごしていくけど、もう絶対言い訳はしないと誓った。


happy end


ALICE+