私の好きな時間


吾朗ちゃんは疲れても苦しくても顔には出さない強靭な精神力の持ち主だ。嫌な上司から無理難題を言われても、ひどい客がいようとも、どれだけ嫌なことがあっても顔には出さない。
でも、寝る前はガードがとても緩くなり、弱みや隙が見える。
これを知っているのは彼女の特権なのかもしれない。
だから、寝る前の吾朗ちゃんとの時間が一番すきだった。

「もうこないな時間かい。わしは寝るで?●はまだ起きとるんか?もう遅いで?」

ご飯を食べた彼は眠そうな目と疲れが滲んだ声を出す。もう寝る気だからか、髪ゴムを取ってポケットの中にいれた彼。さらさらした髪が肩甲骨の下あたりまで伸びて印象が変わる。彼に寝るよと答えると、ほんなら寝室行くで。と誘われた。

リビングの電気を消して寝室に行き、冷たい布団の中に体を滑り込ませると、すぐに彼の体も入ってくる。1人なら広いベッドがずいぶん狭く思えた。

「こうして一緒に寝るのが当たり前になったのぉ。」
「明日も寝てくれる?」
「あたりまえや。明日も明後日もこれからずっとや。」

フッと笑いながら彼は私の頭を撫でた。子供をあやすみたいに、なで、なで、と、そして、ぽんっと最後に手が頭に乗る。彼は私に腕枕をしたまま、すぐに目を閉じたらしい。頭に乗った手が私の肩に回って動かなくなった。

私はといえばまだ眠くなかったから、彼の寝息を聞きながら幸せに浸っていた。
誰かと寝るなんて子供の時以来だから、最初は緊張して遅くまで起きていたけれど、今は彼がいないと逆に不安で物足りないし、一人寝がすごく寂しくなる。頭を撫でられるのも、腕枕をしてくれるのも、その全てから愛を感じるからだと思えばより一層彼の不在か寂しくなる。

ただ、こうして密着してると寝返りを打つのは気が引けた。動けば彼を起こしてしまいそうだから。でも、同じ姿勢で辛くなり、そっと背中を向けようとしたら彼の寝息が止まって唸った。私が慎重に背中を向けると、まるで寝ぼけた人間の手の動きのように彼の手は頼りない動きで私の頭を撫でてきた。
ああ、好き。って思う。寝てるのに撫でようとしてくれるのが好き。それに応えたくて、背中を彼の体に寄せるとゴンって彼の顎と私の頭がぶつかった。あ、ごめんなさい、と心の中で謝るけど彼は起きない。
そんなことでは起きないほど、疲れてるんだろうか。私はすぐ後ろで彼の寝息を聞いていた。

ー …背中、あったかい。

まるで温泉に浸かるみたいな心地よさ。
恋人っていいなと思い、少しだけ眠気を感じて目を細める。私に腕枕をする彼の手が開いていたのでそこに手を乗せて甘えてみた。もちろん反応はないけど、それでも良くて指を絡ませて目を閉じると、

「ンン。」

と彼が息を漏らしていきなり私を抱きしめた。わ!と声に出さない悲鳴をあげて身を固める。起きてるの?と様子を見守るけど、彼は寝ている。ただ寝たまま私を抱きしめていた。
ああ、あったかい。背中がぽかぽかだ。彼の男性用のシャンプーの匂いがする。ゴツゴツした腕に包まれてるのは守られているみたいで落ち着く。

「好きだなぁ。」

と、目を細めながら小さな声で呟けば、

「わし…も…。」

と、寝ぼけた声が返ってくる。
どんどんこの時間が好きになる。これ以上の暖かな人間を私は知らない。私は彼の腕の中に収まったままじわじわと微笑みそっと目を閉じた。
もし今の私の顔を見たら、彼はどんな顔をするんだろ?きっと目を大きくして口を少し尖らせたまま固まり、じっと照れるんだろう。

明日も明後日もこれからずっと、この人の腕の中で目を閉じて、起きられるのなら嬉しいなと思った。


end


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