真島の純愛


真島はゆっくりと起き上がると隣で寝ている女を起こさないように静かにベランダに出た。情事の後は熱くまだ興奮が冷めないせいもあって、半裸のまま。夜風が心地良く、ポケットから出したタバコを咥えると手すりに寄りかかりながら火を付けて煙を吐く。紫煙は風に流されて隣の部屋へ漂った。

「…、…。」

部屋の奥で何かが動いたと思ってチラリと肩越しに振り向くが気のせいだった。カーテンの裏では●が寝息を立てているんだろう。彼女の疲れ切った顔を浮かべて笑うと星を見上げる。

自分が一人の女に入れ込むとは思わなかった。
最初は誤魔化して意識をしないようにしていたが、●の喜ぶ顔が見たくて欲しそうなものをプレゼントしたり、夕食に誘う自分の本音は周りにバレバレだ。

想いが募り、アパートまで送った今日。立ち止まって彼女の手を握れば、向き合った二人は同じ想いを孕んでいたことに気づいた。

この気怠い幸せは真島にとって特別なもの。程よい疲れは●との絆の証だと感じて、黙って幸せに浸っていた。タバコもいつも以上にうまく、それを捨てることが惜しかった。

「…吾朗?…どこ?」
「ん?ここにおるで。」

耽っていたら●が起きたらしい。自分を呼んでいたので慌ててタバコを消して部屋に戻る。外のタバコの匂いが入らないように窓を閉めると、●が布団を胸に当てながら座っていた。

「どうしたんや?」
「起きたらいなかったから…帰ったのかと。」
「帰るわけないやろ。一服しとっただけや。」

穏やかな声で●の隣に座り、頭を撫でる。●は嬉しそうに目を細めて、ゆっくり身を寄せてくるので彼女を抱きしめた。痛くないように気をつけながら。

「幸せや。」
「ん?」
「好きな女の部屋に朝まで居れることがや。これで朝になったら手料理を食わせてもらえたら言うことないんやけどな?」
「ふふ、何が好きかの?作るよ。」
「ホンマかいな?何でもええで、楽しみにしとる。」

こんな風に女に甘えることも、初めてかもしれない。真島は目を閉じて●をさらに抱きしめた。

「●、愛しとる。お前の男にしたってや。」
「もちろん、そうじゃなきゃこんなことしないよ。」
「分かっとる。ただ、心配やったんや。俺は何も言わんでお前を抱いたようなもんや。お前は俺に流されたかと思っ…、ンッ。」

遮るようにキスをする●に驚きながら、目を閉じて唇を味わう。彼女の胸の前の布団をそっと手で退けながら、身体ごと抱きしめてキスを深めると、シーツの上にゆっくりと倒れ込む。

「…ああ、…堪らんな。何なん自分。自分から火付けるの分かってキスしたんやろうか?」
「ふふ、それはわからなかった。ただ、急にキスしたくなって。」
「覚えとき、俺にキスしたっちゅーことは食ってくださいって言ってるようなもんや。ええな?」

教え込んでからゆっくり身を離して●の腿を押しのけて股を広げる。●は、あっ、と恥ずかしい声を出しながら足を閉じようとするので、真島はそれを阻んだ。

「あかん。もうダメやで。俺を煽ったら火が消えるまで付き合ってもらう。」

ーー

翌朝、真島はいい匂いで起きた。ムクっと起き上がると、結いの取れた長髪が額に掛かる。台所を見ると●が何かを作っていた。照れながら首を掻き、のそっと起き上がって彼女の背後に回る。

「…何作ってるんや?」
「わ!」

ビクッと体を跳ねた●は振り返ると、もう!と真島を小突く。

「味噌汁と目玉焼きと焼き鮭。定番でしょ?目玉焼きには醤油をかけるの?ソースをかけるの?」
「そやな、醤油かけるか。俺も手伝うで。皿何使えばいいんや?」

自然に朝食の支度をする2人は料理を運んで手を合わせる。テレビをつけながら、窓の外から聞こえる朝の声を聞いていると、妙に新鮮な気持ちになった。
家庭を持ったらこんな朝が毎日来るんか…と眩しそうに●を見た。

「ん?不味かった?」
「いや!めっちゃ美味いでこの味噌汁!…何杯でもイケるわ。」
「ふふ、それなら良いんだけども。…って、慌てすぎだよ。」

味噌汁を一気に飲み干した真島に呆れる●。
ふと、彼女の首筋に昨日の痕が見えた。ごくり、と唾を飲んで目を逸らし、鮭に箸を刺しながら呟く。

「…贅沢な朝や。」
「この朝ごはんが?大袈裟だなぁ。」
「ちゃう。お前と過ごす朝がってことや。」
「…!」
「他の男にしてほしくないんやけど、あかんか?」
「ご、吾朗にしか…したくない。」
「よっしゃ!なら、約束やで!」

目をキラッと輝かせる真島の純愛は●には眩しくて、恥ずかしくも心くすぐられる。●はこんなふうに誰かと夜から朝を過ごすことになるなんて夢にも思っていなかった。まるで、心通った相手と初めて出会えたような、奇跡のような愛を感じて真島から目が離せずにいた。

「…●?」
「ん、ごめん。…なんかいいね、こんな朝も。」
「お、おう。」

互いが静かにご飯を食べるのは恥ずかしいから。何故か、互いが既に結婚しているような感覚になり、なんとも気恥ずかしい気持ちに時間を忘れた。


end

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