結ばれることも弄ばれることも計算済みで


ー おい、あいつらヤッてもいいか?

路地裏で佐川ちゃんは私にそう聞いた。
その時の目は今でも覚えている。これが彼の本性なんだって。ギラっとして楽しそうで、私の代わりに復讐をしようとする彼に正義はなく、気に喰わないから仕掛けるという野生的で暴力的なものだった。

ー お前を泣かすクソどもを消してやるよ。

これ以上ないほどの力強い言葉に頷いた私を見た彼は、何も言わずに私に背を向けて歩き出した。
それが私と彼との絆を強くした出来事だった。

彼は、私の店に嫌がらせをするチンピラのリーダーに大怪我させて見せしめにした。柄の悪いだけの小心者たちはリーダーのひどい有様を見て、真の凶暴さに恐れをなして逃げた。

「佐川ちゃん、ありがとう。本当に。」
「いいってことよ。お前の店の料理があんな奴らのせいで食えなくなるなんて癪だからよ。他にも困ってることがあるなら言え。俺がなんとかしてやる。」
「大丈夫…あの、お礼をしたいの。」
「礼なんていらねぇって。まぁ、また美味い飯と酒を出してくれよ。じゃ、またな。」

私にとって彼の暴力は救いだったから、私は彼に感謝して客として来た時はめいいっぱいサービスをした。でも、彼は帰り際に倍の金を払うから、私は彼に恩を返せないでいた。

そんなもどかしさを胸に買い出しに街を歩いていたら、隣に女性を連れた佐川ちゃんを見かけた。店の女らしく身につけるものが高価で男慣れしたような人だった。彼に肩を抱かれながら歩く彼女に目が離せない。

…あれは恋人?
そう思えば心の奥がヒヤッとして、ヘナヘナと力が抜けてしまった。そしてやっとわかった。彼のような頼もしい人がそばにいて欲しかったこと、…いや、頼れる彼に惚れていたこと。尽くしたいほど感謝をして、それと同時に彼に近付きたかった本音と向き合った時には手遅れだった。

(…なに夢見てたのかな。)

彼はただの常連さんで、私の料理を好きになってくれた人。私ではない。嫌がらせの相談に乗ってくれて、チンピラを消してくれたのも、彼にとって特別な意味はない。

ーー
人知れず失恋してから半月。
調理場で彼の気に入りの料理の注文が来て、彼が来てくれたことを察したけれど調理場から出ることはなかった。
バイトの子に会計まで任せるのは、失恋した私は彼に合わせる顔がなかったから。

会いたい人なのに、彼には街を連れて歩く女がいるわけで、勿論、あのあとホテルにでも行ったんだろし…、私なんか何も望めない。立て続けに来る注文に対して黙って料理を作り続けた。

(はぁー。いたた。)

客足が減った時間に立ちっぱなしの腰を叩く。少し休憩を貰って店の裏口から出て河川を見つめながら階段に座った。勿論暗くて何も見えないけれど、それくらいがちょうど良かった。今は何も見たくない。

「……。」

料理人を始めてから禁煙中だけれど、こんな時は欲しくなる。ただ持ってないから、はぁとため息をついて目を細めた。すると、タバコの匂いが風にのって香った。

「料理、他のやつが作ってんのか?」
「…さ、佐川ちゃん!?」
「お前が出てこねぇから心配したんだぜ?顔に傷でも作ったんじゃねぇよな?」

河川の近くで彼が立っていた。彼はタバコを吸ってなかったけど、ヘビースモーカーの彼から自然と香っていたらしい。私は立ち上がって彼と向き合うと彼は暗がりの中で顔を近づけて私の顔を確認する。顎を掴まれて怪我をしていないかと険しい顔で見つめる彼を優しいと感じる私の胸はうるさい。

「大丈夫だよ。」
「どうした?元気ねぇな。いつも俺が来ると出てきてくれるじゃねぇか。おかしいな?」
「少し、つかれちゃって。おかげさまでお客さんがいっぱいくるから…ね?」
「ふぅん。ならいいけどよ。」
「今日の料理はどう?」
「ん?美味かったよ。お前の料理は毎日食べたいモンだ。」

そう言われて照れてしまった。ふふ、と小さく俯くと、彼は笑う。

「なぁんだよ、妙にウブな反応じゃねぇか。」
「嬉しくて。…、ああ、料理を褒められたから嬉しくて。」

素直になりかけた途端にあの女性を思い出して慌てて言葉を続ける。めんどくさい女だとか重い女だとか思われて彼が客としても来なくなったら、もうこうして話すこともできないのだから。

「嘘つけ。」
「え?」
「お前、俺に言われたから嬉しいんだろ?隠すなよ。」
「……。」
「図星ってか?お前ほんとわかりやすいなぁ。」
「…はは。」

揶揄われてる。私が照れても彼は余裕で、むしろからかってくる。それが辛くもあって、乾いた笑いを響かせると後退した。

「お店に戻らないと。」
「何時に終わるんだ?終わりまでいるよ。いや、今からこの店貸し切った方が早ぇか。」
「え?貸し切るの?」
「ああ。だから来い。お前と飲みにきたのにお前がいなきゃ意味ないだろ。」

彼は店に戻ると本当に貸し切って他のお客を出してしまった。とはいえ、彼らの食事代を全て自分が払うから店を開けてくれと言ったので客で嫌な顔をする人はいなかった。

ーー

「…そうか、まぁ、立ちっぱなしなら足も痛むよな。なら、なおさら俺の相手した方がよくないか?」
「口がうまいんだから。…お酒、飲み過ぎじゃない?」
「お前と話してるとつい酒が進むんだよ。…なんていうか、お前みたいに酒を控えるようにいう奴は久しぶりだな。大体のやつは儲けようと思って酒を奢るだろ?」
「佐川ちゃんが心配だからだよ。」
「人生楽しまなきゃ損だろ?」
「…お酒、よく飲むの?」
「まぁな。俺はグランドのオーナーやってるから、そこの見回りも含めて飲んでる。」
「あの女の人は店の人?」
「は?女?」
「…この前街で見たの。」
「あ?いたっけかなそんな女…まぁ、他の店にいかねぇからそうだろうな。っていうかお前…、」

彼はいきなりニヤッとして肘を突きながら納得する。

「なるほどな。だからツレなかったのか。へぇ、可愛いじゃねぇの。」
「え?…違うよ…!」
「全然否定しきれてねぇぞ、その顔。」
「……。」
「ハハハッ、へぇ?俺は愛されてるなぁ。」
「……!」

恥ずかしくて目を逸らすとチョンチョンと唇を突かれた。固まっていると彼は顔を近づける。

「安心しろ。俺が女を隣に置いたのはその方が怪しまれねぇからだよ。女連れてりゃ遊んでるように見えるだけだろ?ちょいと他の組の様子を見に行くときに俺が使う手だ。気にすんなって。…いや?気にされた方が嬉しいか。はは。」
「私で遊ばないで。」
「じゃあ、本気で誘うとするか。」
「!?」

頬を撫でられてビクッと体を震わせる。でも、驚いている間もなく、彼は顔を寄せてそのまま微かに唇を重ねた。それは一瞬で、すぐに離れて私の顔を伺った。

「店、早く閉めて、ホワイトっていうホテルに来い。」
「え!?」
「俺は先に行ってるぜ。すっぽかすなよ?」
「!!」

彼は静かに目を細めて微かに命じるような表情を作る。その強気なところがすごくかっこよくて、彼が出ていってすぐに立ち上がり、片付けをした。


end

私は単純明快な女だ。
彼の本心を聞きもしないで、まるで火がついたみたいに彼を求めて走ってる。
そんな私を彼はただ楽しんでいるだけかもしれないけど、もしかしたら、と期待してしまうのだった。


ALICE+