仕掛けられた夜


地位がありコネがあれば、人間は何かしらの弱みや隠し事があるものだ。だが、平凡な人間でかつ真っ当に生きているため弱みが見当たらない人間も中にはいる。そんな人間を揺すろうとすると苦労することになる。

「白ですか。」
「ええ、特に穴があるわけでもないですね。」
「流石です。」

おかしな人間と繋がっているわけでもなく、人から恨まれるような性格でもない●は、どこにでもいるOLだった。

「どうしますか?」
「弱みを探すのではなく、作ることにしましょう。」

立華は尾田が退室した後、机の中の小瓶を取り出した。無色透明のそれは水とほぼ同じだというのに、一口飲めばそれは劇薬に変わり、穴のない人間に穴が作れる。

「私はね、貴女がほしいんです。」

◆ ◆

●は重い体をシーツに埋めたまま、今までのことを恥じていた。さっきまでガァっと熱くなった頭と胸はなんだったのか不思議なほど、12に時計の針が重なった途端興奮から冷めていた。

普段からは想像もつかないような激しさを見せた立華は●の後ろで目を閉じて休んでいる。恋人でもない男と一夜を過ごすなんて、そんなことを初めてした●は動揺と気まずさで口を閉ざしていた。
このまま朝までここで寝ていればいいのか、それとも帰ればいいのか。それさえもわからずに困っていた。

「シャワー使いますか?」
「え?ああ、いいです…っ。」
「肩までかけないと、風邪をひきますよ。」
「!」

立華が距離を詰めてから布団を●の肩まで引き上げた。背中には彼の胸板が触れ、彼の片腕が彼女の腰に音もなく回った。

「ご不満でしたか?」
「え?!何が?ですか?」
「先程の行為ですよ。」

彼女の耳裏に囁くようにゆったりと言葉を吹きかけられて子宮が反応した。きゅんと、胸の奥まで響く甘い囁きに耳が熱くなる。

「私はとても満たされましたが、もし貴女が不満であれば満足できるまで付き合います。」
「いや!大丈夫っ!なので!」

余裕のなさが切れ切れの声に現れ、自分が情けなくなる。でも、彼の透明感のある綺麗な声が耳裏に吹きかけられたらムズムズするしドキドキするし声も上ずる。

「た、立華さん!帰ります!…っあ、」

スルリと彼の片足が足に絡みつき、足の動きを止められる。起きあがろうとしたら負担がない程度に彼の半身がのしかかり、彼女の体はシーツに沈められた。

「帰したくないんです。」
「わ、わたし、あの、その、」
「今夜は貴女の隣で眠りたいのですが、いけませんか?」

綺麗な瞳で訴えられると嫌悪感はない。男なのに威圧感がなく、綺麗で下手の言葉を注がれると、その求めを飲んでしまう。
●は観念したように目を閉じると、頬に柔らかなものが落ちてきた。驚いて目を開けると彼に唇を奪われる。

「んっ…ん、」

とろけていく、頭が動きを停止する。ふわふわした浮遊感と体の奥が反応してその気になる。唇を離した立華は蕩けた●の目に微かに微笑み、彼女の体を覆う布団をゆっくりと退けていった。

◆ ◆

出来るだけ合意の元、出来るだけ大きな声が出るように、出来るだけ自分を求めさせる…そんな計画をたてながらも悟らせずに熱を交わしたその夜は全てうまく行った。

空になった小瓶を粉々にして破棄し、部屋に仕込んだ隠しカメラとベット下の録音機を手にしながら●の弱みを握る。

「さて。これを使うかどうかは、今後の貴女の出方次第ですかね。」

立華は昨夜の交わりを思い出しながらも、これから向かう交渉先で色が出ないようにネクタイをキツく締めた。


end



ALICE+