嘲笑っていた男は寂しく思う


尾田は立華に心酔しているが、立華が気にかける女の●のことはよくは思って居なかった。それは●が嫌いというわけではなく、立華を心酔しすぎている尾田にとっては立華に見合うほどの女などこの世にいないと思っていた。

「立華さん、あの方のどこに惚れたんですか?」
「どこ…というわけではありません。」
「と言うと?」
「考えてしまうんです。つい、彼女のことを。正しくは、これが恋なのかもわかりません。」
「へぇ。」
「尾田さんが思うことはわかりますよ。彼女は平凡ですからね。自分でもそんな彼女をどうしてこんなに考えてしまうのかわかりません。」
「立華さんにはもっと似合った方がいるかと…。」
「それは例えば、地位があり、金があり、教養がある方ということですか?」
「まぁそういうことです。立華さんは安い男じゃありませんから。」
「…尾田さんは恋をしたことがありますか?」
「え?俺、ですか?…ぁー、まぁガキの頃はあったかもしれませんけど、本気で好きな女がいたらこんな世界に入ってませんよ。」

2人の会話はしばらく止み、立華は窓から街を見て考え事をしているようだった。
その表情は掴めず、尾田は内心言いすぎたか?と不安になる。そんな時、赤信号で車を止めた尾田は視界の端に●の姿を見つけた。

(あー、どうするか。)

立華は反対側の窓を見つめているため、彼女には気づいていない。尾田は知らせるべきか迷った。
彼女みたいな女にハマってほしくはない。女にハマると何かと厄介なことが起きる。弱みにもなれば、無駄な荷物にもなる。立華にはそのどちらも背負って欲しくない尾田は迷ったが、彼を欺きたくもない。心の中でため息を吐いてから、尾田は言った。

「立華さん、彼女に会いたいなら右見てください。」

◆ ◆

「立華さんの完璧なエスコート、勉強になりましたよ。」
「エスコートとは言い過ぎです。…ですが、やり過ぎたようです。彼女は少々引いていましたから。」
「立華さんのような完璧な男を今まで見たことがないからですよ。」
「女性の扱いは難しいです。やはり、相性でしょうか。こんなことなら、早く諦めなくてはなりませんね。」

後部座席の立華は珍しく疲れた声を出した。
尾田はこのまま●を諦めていつもの立華鉄に戻って欲しかったが、立華ともあろう男があんな女に傷つけられるのも癪に触った。

(俺がひと肌脱ぎますか。)

その日から尾田は単独行動に出た。
さりげなく●と町で会っては感じよく声をかけ、必ずどこかを褒めた。服装や髪型、持ち物などを。それに、困っていようなものなら相談に乗ったり手を差し伸べた。

「尾田さん、いつもありがとう。」
「いいえ、俺でよかったらなんでも言ってください。」

女は単純だ。褒められたら喜ぶし、優しい言葉にすぐ心を開く。本音ではない褒め言葉なのに真に受けるなんて安っぽいなと心の奥では馬鹿にしながら、尾田はいい人の顔を貼り付けていた。

「あの、どうして尾田さんはそんなに親切なんですか?…それに、立華さんも。」
「え?社長が?」
「はい。実はこの前ヒールが取れて困っていた時にたまたまお会いしまして、私の代わりに靴を買いに行ってくださったんです。あれは本当に助かりました。お礼とお返しをしたかったのに、すぐに立ち去られて…。」
「(へぇ。そんなことが。)…ええ!そうなんですよ。立華社長は誰にでも親切で、優しくて、困っている人を見たら手を差し伸べる紳士なんです。」
「ですよね!?そう思いましたっ。すごく良い人なんだなと。」
「そうでしょう、そうでしょう。社長は本当にできた人ですから。」
「はは、尾田さんは立華さんのことがすごく好きなんですね。」
「え?…ええ、そうですよ。尊敬してますからね。」

尾田は憧れの男を褒められたことが嬉しく、もっと立華の良さを伝えたく、気づけば立ち話にしては長い時間●と話し込んでいた。

「ああ、私もういかないと。」
「あ、すみません、俺つい。」
「いいえ。立華さんのことを熱く語る尾田さん素敵でしたよ。それじゃあ!」

手を振って走っていく●の背中を見送る尾田はどういうわけか最初ほど●を嫌う気にはなれなかった。

…それから、ひと月もたたないうちに立華と●の距離が縮まっていった。それは尾田が印象を操作したからでもあり、立華が●にアプローチをしたからでもある。

(結局、付き合うのか。)

親しくなる2人を離れたところで見つめる尾田は嬉しくもあり、どこか表しがたい引っ掛かりを感じた。
自分から背中を押したくせに、2人の間に入って押しのけたいような。この一ヶ月積み上げてきたものを無かったことにしたいような。

(…何考えてんだ、俺は。)

それが嫉妬なのか、寂しさなのか分からない。肝心な時にわからなくなるのは、わかりたくないからなのかもしれない。気づきたくないからかもしれない。

◆ ◆

「立華さん、デートの時間でしょ?間に合いますか?」
「ええ、今から行くところです。」
「俺送りますよ。その方が早い。」
「すみません。」

立華と付き合うことになった●は相変わらず平凡な女だった。名声があるわけでもない、秀でた力もない。でも、素直で裏がなく、●が友人と思った人間を馬鹿みたいに信じた。そんな汚れを知らない女を裏切りたくないとか、傷つけたくはないとか、自分の汚さを忘れたいとか、大事にしたいという気持ちが立華にもあるのなら、わからなくはないと思った。

「尾田さん。」

目的地についた時、車から降りる前に立華が尾田を呼ぶ。

「何ですか?」
「遠慮はいりませんよ。」

その言葉にヒヤリとする。目を見開いて我が耳を疑った尾田はルームミラー越しに立華を見たが、彼はいつもの顔でミラーを見据えていた。

「いやだなぁ。立華さん。俺は別にそんなんじゃないですよ。」
「私の気のせいでしたか?」
「ええ。俺は立華さんに心酔してるんです。兄貴を立てるのが俺の生き甲斐なんですよ。」

その言葉に嘘はなかったし、立華がさった後も自分が嘘を言った気持ちにはなれなかった。ただ、車を走らせている間に後部座席に誰もいないことと、いくら自分でも近づけない場所ができたことが妙に寂しかった。

それに、自分の薄っぺらい言葉一つですぐに笑顔になった●を遠くから見つめなくてはならなくなったのも、ほんの少し、ほんの少しだけ心残りだった。


end

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