あの世でもよろしくな
真島ちゃんと●。
歳が近い2人ってのがまた気にくわねぇが、2人がくっつくかどうかヒヤヒヤしてるなんてしれたら笑いもんだ。表に出せねぇから、お前にだけにわかるように態度で示してんだよ。お前なら気づくよなぁ?
「司さん。ちょっと。」
「ん?何だよ。…ああ、まぁそういう事だ。しっかり稼げよ、真島ちゃん。」
グランドの前で支配人様と話をしていたら、隣にいた●に袖を引かれた。真島ちゃんと別れて●とグランドを離れて路地裏に入る。
「何だよ、こんなところに連れ出して。ここで俺を襲う気か?」
冗談まじりに聞くと●は呆れたように首を横に振り、両腕を組んだ。この顔じゃ気づいたらしい。
「嫉妬しなくていいのに。」
「へぇ?何の話?」
「とぼけないで。私と真島さんは何でもないんだってば。嫌がらせしないであげて。」
「嫌がらせってお前、これが極道のやり方なんだよ。あいつが戻りたがってる極道の世界は甘くねぇんだ。それなりに覚悟を持ってもらうためにもノルマを課してるんだよ。」
「…でも、嫉妬してたよね?」
「何でもお見通しってわけか。」
「はぁ、ばか。」
「おいおい、馬鹿ってこたぁねぇだろ?」
俺は壁に手をついて●との距離を縮めた。●は俺を見上げて急にしおらしくなり、俺の頬に手を添えた。
俺は信じてる、愛されてることを。ただ、信じちゃいるが、お前らがただ言葉を交わすだけで虫唾が走るんだ。
あいつは金の集め方も女の扱い方もわかってる男だからな。だが、女も金も遊びにはつかわねぇ。だから、本気になった時タチが悪い。
「私が好きなのは司だけなのに…なんで分からないの?」
「お前の愛が薄いんだよ。俺にとっちゃ、何も感じねぇくらいだ。」
お前は愛してるだなんて言ってくれねぇし、自分から抱きついてもこねぇ。ただ、隣にいて話して笑ってる。今はホステスじゃねぇんだから、もっと積極的にきてくれても良いんだがな。
「好きなのは俺だけなら、その証拠見せろよ。」
試すように目線を唇に落とすと、●は背伸びをして俺にキスをする。素直に俺に抱きついて何度もキスを交わすと俺はほんの少しだけ満たされた。だが足りねぇ。もっとだ。
「お前が俺から逃げない証拠は?」
「逃げるわけないってば…ほんとに心配性なんだから。」
「ガキ、作ろうぜ。」
「なっ…!そんな簡単に言わないで。」
「何だよ。やっぱり半端じゃねぇか。」
「司は極端なんだってば。…信じられないのなら、もう難しいよ。」
●は俺から離れて立ち止まって悩んでいた。
俺は思うようにいかねぇ時、どうも凶暴になるらしい。だんだん黒くうねるものが胸から沸き起こり、我慢ならなくなる。懐に入れてあるチャカを出すと●の背中に向けた。
「なぁ、仲直りしようぜ。」
「司は好きだけど、信じてもらえないのならどうしようもできないよ。」
「なぁ。こっち見ろって。」
「何?…って、え?何なのっ?!」
振り向いた●は俺がむけているチャカを見て身構えた。だが、さすがだな。喚くことも叫ぶこともしねぇってのはよ。その目には俺がまた撃つと決めていないことを知っているようだった。
「俺は遊びじゃねえんだよ。お前見てると本当に隅から隅まで欲しくなって、四六時中お前のこと考えてる。歳に似合わず恋してるような気分だ。だからよ、思い通りにいかねぇと不安で不安で仕方ねぇ。お前の中に他の男はいねぇかとか。お前はどこまで俺に本気なのかとか。いつか俺を捨てるんじゃねぇかとか。めんどくせぇことばっかり常に考えちまう。なぁ、変だよな?こんな俺って…。●、助けてくれよ。」
「…その銃置いて。」
「話聞いてる?」
「き、きいてる!」
「よかった。…でよ?お前がちゃんと俺を愛してくれるなら俺も少しは安心する。でも、それをしてくれねぇのならもうお前を殺すしかねぇよな?お前が死ねば悲しいけど、もうこの悩みも終わりだ。」
「愛してるって言ってるのにっ。」
「言葉だけなら何とでも言えるって、いつも言ってるよな。まだわかんねぇ?」
恐怖に負けた●は震える声で俺を宥める。
「分かった…っ、司のこともっと愛するから…不安にさせない。時間ができたら司と過ごすし、私からも連絡入れるから…あとは?どうしてほしいの?」
「グランドを辞めろ。今すぐにな。それに、これ以降風俗の仕事はなしだ。」
「わかった。やめるよ。…やめる。」
「よかった。…よし、もう一緒に住むか。お前が俺を愛しているのなら別々に生活しなくていいだろ。」
「…わかった…から…。そうするよ…。」
脅している間に全て俺の希望が叶う。●はチャカを下ろした俺を見て息を深く吐いた。俺はチャカをしまうと両手を広げた。●は震える足で近づいてきて俺に抱きしめられる。
「●。お前は俺のことをわかってくれるよな。俺は嬉しいぜ。」
ーー
司が狂った。
私は司の自宅に同棲させられてその晩嫌というほど抱かれた。ゴムをしないと嫌だと言えば大声で怒鳴られて、首を絞められた。このまま死ぬかと思えば彼の力が抜けて、まぁまだお前は若ぇから母親は難しいよなぁ、と落ち着いた声でわかったと言った。その豹変ぶりが異常だった。
翌日、司が出て行った後に逃げようかと必需品を探したけど一切のものがなかった。司がどこかに隠したのかを後で確認しなくてはいけなくなったけど、聞き方を間違えたら終わりなこともわかってる。
その日は昨晩のショックが和らぐまで公園でぼんやりしていた。そうしたら真島さんと出会った。私を探していたとか。急な辞職と首のアザについて、佐川がやったんやろ?と言われて頷いたら、まともな彼は許せんと言って私を匿うと言ってくれた。彼は銃を持ってるから危ないという私の怯えに想像以上の凶暴さを察した彼は警戒心を強めて私をオデッセイの倉庫に隠した。
「後で食料もってくるで。すまんが、ここで我慢や。」
「ありがとう、真島さん。」
この場所もきっと見つかると思う。時間の問題でいつこの扉を司が開けにくるかわからない。恐怖に耐えていたけれど、夕方になって真島さんが夕食と水を持ってきてくれてホッとした。
真島さんはこれからキャバレーに行かなければならなくて、そこでおそらく司が来ると思っている。シラを切るが時間の問題だろうから、司にバレない場所を探さなくてはならないと話し合った。その間にポケベルが鳴る。
ー 今どこだ?
司からで私を探している。真島さんはそれは無視しろと言い、キャバレー向かう。
私は立て続けに来る司のメッセージに気持ち悪さと恐怖が募った。
ー どこだ?
ー こたえろ
ー 探してる
ー 必ず見つける
ここをバレたら何と言えばいいのか。いや、何を言ってもバレる。真島さんとの関係を怪しんでいた彼だから、私も真島さんも殺されるのかも。
せっかくの食事も喉を通らず。真島さんだけが頼りだったけど、彼を巻き込んでしまったことが申し訳ない。警察に行けばよかったのかも。でももう遅い。何もかも。
いつこの場所に彼が現れるか怖くて目を硬く閉じながら朝まで眠れなかった。朝日がかすかに出口の隙間から差し込んだ時、誰かが倉庫を開けた。誰がきたのかとソファーの影から覗き込んだら真島さんだった。
「●、無事やったか?」
「え、真島さん!?」
「静かにせぇ。」
ドアを閉める真島さんの顔にはひどい怪我が残っていた。殴られたらしい。唇が腫れて片目にあざがある。ワイシャツには血が飛び散っていた。
「…ここ出るで。走れるか?」
「は、はい。」
真島さんが再び出口を開けて、まだ薄暗い外に私と共に飛び出す。1番近くのタクシーに走っていたら朝の静けさを破る銃声が響いた。隣を走っていた真島さんがうめきながら倒れて足を押さえる。
「ま、真島さん!?」
「止まるやない!走れ!!タクシーに乗るんや!!!」
後ろに私に銃を向けている司がいた。
彼の背後にはホームレスが何人かいてバットを持っていた。私はタクシーに向かって夢中で走ったけど、タクシーの窓ガラスに弾が当たり、タクシーから運転手が飛び出した。
私が転びながら曲がり角を曲がれば、先回りしていたホームレスの男たちが待ち構えていた。
立ち止まった私は後悔していた。でも、どこから後悔してるのか自分でもわからない。
「お前さぁ、ひどいよ。何で俺に嘘ついちゃうの?」
背後から司の声が響き、後頭部に冷たい銃口が押し当てられる。私は逃げることができずに死を覚悟した。怖い。でも一瞬で死ねるはず。
「よりによって何でアイツなんだよ。デキてんの?なぁ?なぁああ!?」
「…ッ、…。」
激昂した男の怒鳴り声。銃で頭を押しのけられた。よろけると司に背後から倒れないように肩を握られた。
「俺、信じてたんだよ?お前のこと必死に探したよ。誰かに消されたんじゃないかって。けど、自分から消えたなんてさぁ、あんまりだろ?…そりゃあ、昨夜は悪かったよ。カッとなってひでぇことした。だから、今日は詫びようと思ったんだ。それがこれか。」
佐川は銃で撃たれて動けないままホームレスに蹴りつけられている真島を肩越しに見る。
「こいつには軟禁されてもいいのに、俺からは嫌なんだ。そうか。なら、もうこうするしかねぇよな。」
「…!」
「安心しなよ。一瞬で終わらせてやるから。」
◆ ◆
佐川はぼんやりと窓の空を見上げながら煙草を吐いた。この路地裏でよく●と会っていた。惚れた女を独り占めしている時間が何よりも代えがたく、こいつと死ぬまで一緒に居たいと思っていたが、皮肉なことに自分で殺してしまった。
「お前が死んだら俺は救われるって思ってたのによ。なんでだろうな、あれからもずっとお前のことしか考えてねぇよ。お前ってほんとに罪な女だよなぁ。」
佐川は裏切の上からチャカを撫でる。これで自分を…と思うものの、真島の動きやマキムラマコトの展開を予想すると、きっとそのうち自分も後を追えると思えた。
「お前、地獄に行っててくれれば都合がいいんだけどなぁ。…地獄で待っててくれよ。俺ももう少しで追い付くから。」
end
…それから2か月後。
パイソンジャケットを身に包んだ真島と別れる時、覚悟を決めた。いや、もう決まっていた。
「佐川、お前後悔しとらんのか?」
「何がだ。」
「惚れた女を殺したことをや。」
「別に。俺ももう行くんだよ、あいつのところに。」
「……。向こうでも迷惑かけるんやないで。」
「はいはい。」
真島は最後に自分を見据えてからそっと曲がり角を曲がる。佐川はこの路地裏で行こうと決めていた。いろいろあったなぁと思いながら、そこに切なさや苦しみはなく、空を見上げればなかなかいい晴れた空。
このまま消されるのを待ってもいいが、あいつをヤッたチャカでいくのも悪くない。
「さて、行くか。」
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